カオリはもう一度木の枝を握り、強く念じてみた。 やがてカオリのイメージした通り、枝は長く伸びて木刀ほどの大きさになった。成長のかたちが操れるなら、強度だって変えられるかもしれない。 「どのようなものかはご理解いただけましたか? 実はその花飾りは植物の成長を促進するだけでなく、あらゆる植物の欠片を取り込んでその力を使用することができます。ですから目的のために役に立ちそうな植物を見つけたら、葉の1枚か、なければ花粉でも構いません、その飾りにかざしてその能力を得てください。この辺りの植物であなたの力になりそうなものは私がすでに力を封じ込めてありますから、しばらくはそれだけでも充分役に立つと思います」 植物の能力を取り込む? 「まだあまり実感が湧かないようですね。こちらの能力はその場にないものを具現化させますから、身に合わない能力はすぐには使えません。また魔力こそ消費はしませんが、周囲に植物の生命エネルギーが少ないところではあなたの体力を削ることになります。まだ若いあなたなら少々使い過ぎても問題はなさそうですが、限度を誤ると危険です。十分に注意してください」 言い終わるや否や、ドリアードの右の手のひらが白く光った。 「少し手本をお見せします。今から動かないでくださいね」 次の瞬間彼女の右手首から蔓が伸び、カオリの左腕を絡め取った。あまりのスピードにカオリは目を瞬(しばたた)かせた。 「驚きましたか? これはこの森に住む別の精霊から借りた能力です。こうして相手の動きを封じます」 「なるほど」 ただしこうして具現化した蔓は基本的にそのままのため、使い終わった後は剣で斬るなりする必要があるということだ。 地味だが使えそうだ。 「これ、他にもまだ使いみちがありませんか?」 ドリアードは口元に指をあてた。伝えることをためらっているようだ。 「……そうですね。まだあなたには使いこなせないと思いますし、その花にも封じていませんが、今は亡き私の友人の力をお見せしましょう。少し離れていてください」 そう言うと、ドリアードは右手を立ててじっと目を瞑った。やがて太陽のコロナのように彼女の周囲が揺らめく白い炎に包まれた。揺らぐ炎は静かに暴れまわり、円形を崩して彼女の姿を包み隠す。 炎の陰でなにかが巨大化している。それはドリアードのはずだった。しかし彼女の女性らしい丸みを帯びた体つきが、だんだんと大木のように荒々しいかたちに変わっていく。 やがて、ガンッ! と大地が揺れ、カオリの眼前に大きな木の巨人が現れていた。 驚いてカオリは辺りを見回すが、他には誰もいない。 なに、これ? 巨人の顔は暗くてよく見えないが、木彫りのように刻まれているのがわかる。人間で言うと老人のように皺があり、厳格さが伝わってくるそれだ。 胡座を組んだ姿勢で現れたが、立っていれば全長5メートルはくだらない。腕も丸太のように(というかそのまま木である)太く、ところどころ四肢が苔むしている。 「これはほとんど変身と言った方がいい能力ですね。まだまだあなたには使いこなせないと思いますが、人の姿をしている植物ならば変身しても体の動かし方がわかるはずです」 あまりに低い声にカオリは数秒の間、話者が誰なのかがわからなかった。なるほど変身して原型をとどめていないため、声すらも変わってしまっていたわけだ。 この姿。カオリには覚えがあった。どこかの本で読んだ西洋に伝わる森の精霊、グリーンマンだ。 人の姿をしている植物ないしその精霊と言われてもドリアードとグリーンマン以外に思い浮かばない。そのため実用性は考えものだが、この手足を振るえば敵も蹴散らせるはずだ。 すごい、これチート能力だ。まだ使えないけど、これがあればいつか私も……。 カオリは目を輝かせた。 今度は白い煙に包まれてドリアードが元の姿で戻ってきた。 「あれ、もう戻ってしまったんですか?」 「まだ扱えない負担の大きい能力を紹介しても仕方ないでしょう? 変身するものにもよりますが、いずれも姿を変えていられるのはせいぜい数分です。もし使用できるようになっても過信せず、ここぞという時にだけ使ってください」 「すごいです! これってグリーンマンにはなれなくても、普通の木に変身して敵の目をごまかしたりはできますよね」 数分とはいえ、木になりきってしまえば(四肢がないためその間は動けないが)強敵と出会っても逃げ切れるかもしれない。まだ転生半日の世界で勝ち抜けると思うほど、カオリは強気ではなかった。 「考えましたね、カオリ。そうですね、普通の木に変身するだけならば今のあなたでもできるでしょう。しかし、いい忘れていたことがありました」 「言い忘れていたこと?」 ドリアードは頷く。 「いえ、大したことではありません。大きく体を変える能力は変身時に召し物が破れてしまいますから、当然元の姿に戻れば一糸まとわぬ姿に……」 「やっぱり使うのやめます」 封印しようそんな能力。またソフィアに見られたら私は完全に変態だと思われる。 後ろ髪を引かれる能力ではあるけれど、使うならモンスター相手にひとりの時ぐらいだろう。……使用前に服を脱ぐなんてそれどんな羞恥プレーよ。やっぱり無理。 カオリは溜め息を漏らした。 「そうですか、せっかくの能力ですが、使いこなせるようになるのはまだ先ですから、ゆっくり考えてみてください」 「…………」 人間の常識は通じていないらしい。もちろん人間にだって裸族はいるが。