……聞こえる。 耳をすませば風の嘶(いなな)きに混じって、地を蹴って走る獣の足音が響いてくる。 そしてその音は徐々に大きくなり、やがて森から続く道に小さな影が現れた。 数は1匹。ここで食い止めれば家畜に被害は出ない。 「いくよ、ソフィア!」 「はい!」 カオリは村の門から駆け出し、下り坂の中腹で待ち構えた。 敵は白い狼・ディットンズウルフ。スィメア国には生息していない狼の一種である。 本来ならばディットンズウルフは夜行性であり、不必要に人に襲いかかったりはしないのだが、この頃この村を襲うモンスターたちには、それらの常識が通用しない。 坂道でもスピードを落とさずに疾駆してくるディットンズウルフを、カオリは木の盾を手前に出して待ち構えた。 敵は俊敏で爪も牙も持っている。ここで食い止めなければダメージは避けられない。 「速いな。でもこのタイミングなら!」 ひとつ深呼吸。 鋭い目つきの獣が下り坂の真下を蹴る瞬間を見計らい、盾を握る手に精神を集中する。 盾は白い光を吐き出して巨大化する。反り返ったそれは真横に大きく広がっていき、分厚さを増して表面がゴツゴツし始める。 ディットンズウルフは突然広がった盾にスピードを緩めたが、あまりに広範囲だったために僅かに盾にぶつかって体をよろめかせた。 「ソフィア、お願い!」 「はいっ!」 カオリの背後からソフィアが駆け出して盾の表側に回る。矢を番(つが)え、狙いをディットンズウルフに定めた。 それを見て襲撃に出ようとする狼だが、明後日の方向に足を向けて再び塞ぎ込むかたちになる。 すかさず放たれた矢が首元に突き刺さり、とどめの一撃を加えようとカオリが剣を振りかぶる。 しかし……。 「あれ、反応なし?」 ソフィアの矢があれだけきれいに命中したのに、痛がる素振りが見られない。モンスターには詳しくないが、急所に命中して瞬時に命を奪われたのか。 「そんなこともないみたいですよカオリさん。さっきの妙な動きもそうですが、苦し過ぎて身動きもまともに取れないんでしょうね。ほら、やっぱり身体を震わせてます。さすがにドヴァードの木はやり過ぎだんたんじゃ……」 ソフィアは同情するような顔で白い狼を見ると、今度はカオリに視線を向けた。 カオリは腕を組んで唸る。うーむ。 「私のいた世界にもあったんだよね、こんな木。棘に触れると猛毒に侵されるっていうけど、ここまですごいとは」