トントンとドアをノックする音がした。 「はーい!」 カオリがドアを開けると、小柄な老婆がひとり。もうすっかりお馴染みの顔となった隣人のビルモア・ロータスである。 「ビルモアさん、ごめんなさい呼び出しちゃって」 カオリはドアノブに手をかけたままお辞儀する。 「いえいえいいのよ。異世界から来てわからないことも多いでしょうからね。モニカだってそうだったわよ」 ビルモアはパーマのかかった白髪を揺らす。モニカとは、ソフィアの言っていたアメリカからの転生者である。 このモニカという女性の存在からか、メルクマンサの高齢者はみなカオリに親身になって接してくれていた。ソフィアの名前はモニカがつけたというし、この女性の人気はそうとうなものだったようである。 「ところでカオリ、一体どんな用事だい?」 「あっ、そうでした。この花についてもう一度教えてもらいたくて」 カオリは部屋のなかに入ると、マントルピースの上の鉢植えを抱えて戻ってきた。 小さな葉と細い茎のそれはそこここに赤みを帯びている。花開かんとする蕾の先もそうである。 ビルモアは眼鏡を整えつつ、カオリの手のなかの植物を眇める。 「これは、リュシフォンの花よね。確か前に見た時はまだ芽が出たばかりだったと思うんだけど」 「そっ、そうです! これはビルモアさんに分けてもらったのとは別のなんですよははは。それで、このリュシフォンの花はどんな花なんですか?」 カオリの能力は最初に打ち明けた自警団メンバー以外にはまだ知られていない。こんな能力を持っていることが知れればどこの権力者に目をつけられるかわかったものではないからだ。ましてこちらにはきちんとした国籍がないという弱みもある。理由をつけてカオリを連れて行くことは容易なのだ。そんな理由から当面は村民にも黙っていようという判断をした。 「暑い季節に向けて咲く花で、そこの森みたいに環境が整っている一部地域に生息するのよ。花から独特の香りを出して虫を誘い出し、そうやって繁殖を繰り返すんだけど、この匂いは獣たちも引きつけるのよ。蜜を吸う蝶たちならばいいけど、花や葉にはよろしくない成分が含まれてるから狼や犬はそれでお腹を壊すみたい」 「へぇー、そうなんですか」 これは使えるかもしれない。腹痛に即効性はなさそうだが、匂いでモンスターをおびき寄せることはできるかもしれない。 考えごとをしているとビルモアが笑みを浮かべる。 「どうしたんですか?」 「いえね、ここまで花に関心を持ってる子なんてめずらしいと思ってね。まああなた自身が花みたいにきれいだけれど」 「もう、お上手なんですから」 「あなたなら王国の王子様が求婚しにきても私は驚かないわ。まああんな年中暇そうな夜警王国に嫁いでもいいことなさそうだけれどもね」 ふたりはくすくすと笑った。ここまで村民にコケにされる王様には同情するが、一国の姫君というのも肩が重そうだ。1年ぐらいならお姫様体験もしてみたいけれど、後は王子様のルックス次第である。 ビルモアはソフィアが迎えに来るまでの1時間ほど滞在していた。園芸のこと、村のこと、ダンクスの結婚相手のこと(ビルモアはソフィアを推しているらしい)。いろいろ話したが、そのどれもこれもが未だに新鮮に感じられて楽しい。現代日本と比べるとあらゆる不便があるが、植物を操る力と仲良くしてくれる村民たちのおかげで気は楽だった。