「わぁーすごーい!」 野菜も肉も、元いた世界と大きな差が見られないのは意外だった。もちろん厳密にどの食材を用いているかは確かめたことがないのだが、遜色ないそれを使っているのはわかった。 これはマッシュポテトかな。白い芋にパセリのようなものが振りかけられている。 次の皿はプレーンオムレツだろうか、扁平(へんぺい)な見た目だが評価は入っているもの次第である。 こっちはパンに野菜を挟んだサンドイッチ。色合いも含めて素敵過ぎる。これはアメリカから来たモニカという女性が持ち込んだ料理なのか、それとも単に似ているだけなのか。まあいいや、とにかくお腹が鳴りそうだ。 「おいおいカオリちゃん、まだ乾杯してねぇぞ」 「そうだよ。ま、食べ物は口に合ってそうでよかったよ」 カオリが両手を組み合わせて目を輝かせているのを見て、両隣のスツールに座ったデオンとクラッカスが楽しそうに笑った。 デオンは30半ばのベテランである。副業で猟師も行っている。立派な鬚をたくわえた男だ。 クラッカスはダンクスと同い年の男で、年甲斐になく騒ぐお調子者である。細身で色白な好青年であり、欠点は少々空気の読めないところ。なお、なかなかいい男なのだが隣町に彼女がいるらしい。 「こらカオリ、乾杯するまで待つんだぞ」 「すっ、すみません団長」 目をぱちくりさせるカオリがおかしかったのか、そこで爆笑が起きた。 出されたのはビールをベースにしてぶどうで味付けしたお酒だった。これはソフィアが提案したものらしい。甘くて美味しい。初めての酒のため少しふらつく感覚を覚えたが、異世界にもこんな美味しいものがあるとは驚きを隠せない。 その後はしばらく歓談が続いた。 話が切り替わったのは、ライノスの呼びかけがあってからだ。 「おおそうそう、カオリ、ソフィア。お前たちが退治したディットンズウルフやリザードマン。さすがに怪しいということで近々騎士団が調査に来るらしい」 「そう、なんですかー」 「ん? カオリ、顔が赤いぞ? 大丈夫か?」 この村は山道を隔てているものの、王都からそんなに距離はないらしい。早ければ明日にでも来るかもしれないとのことだ。 「ダンクスさんが仕留められたキラービーも少し変わっていましたよね」 ソフィアは頬杖をついて考えごとをするように尋ね返す。 「キラービー自体はこの辺りでも見かけるし、飛び回る特性上なんとも言えんのだが、店のマークレンに見せたらこれは亜種だとの判断だったな。気になるか?」 ちなみにマークレンはモンスターの素材を扱う男性だ。今後お世話になるかもしれない。 「いえ、よくわかりません。今はまだ大した被害は出ていませんが、だんだん凶暴なモンスターが現れているのは事実です。早急に手を打たないと今後どんな魔物が現れるかわかりませんよね」 「どんな敵が来ようと捻り潰すまでさ。なあダンクス」 デオンが啖呵(たんか)を切るが、対するダンクスは数秒間黙っていた。 「そうですね。ですが、我々だけならともかく、村のみんなまで危険にさらしたくはないですからね。原因究明は急ぎたいところです」 クラッカスはパンパンと手を叩く。 「まあまあ、今日はカオリちゃんの歓迎会なんだから暗い話はよしましょう。ささ、乾杯です。はい、カオリちゃん」 「はぁーいクラッカスさーん♪」 グラスを渡そうと振り返ったクラッカス。 カオリはクラクラしてクラッカスの肩に軽く頭をのせた。もう頭が働いていないらしい。 「おい、ちょっと待てクラッカス。確かカオリは酒に弱い民族の出だって言ってなかったか?」 ダンクスが身を乗り出す。しかしクラッカスはカオリに気を取られていて返事をしない。 「おい、クラッカス!」 「……か、可愛い……」 カオリの記憶に残るのは、最後にクラッカスが呟いた一言までだった。 両親は酒に強かったが、カオリはそうではなかったらしい。