死骸からは腐敗の早い臓器などは取り除かれていた。昨日の今日で訪れるとは思っていなかったに違いない。 このディットンズウルフは昨日現れたものとのことだ。自警団のメンバーが木の毒を用いて倒したとのことで、皮膚のところどころに炎症の痕が見られた。 ディットンズは周辺国の名前であり、主な生息域はディットンズ中部以北とされている。メルクマンサからは遙か彼方である。 「どうだエレーナ?」 「死臭がすごいわね」 「そんなことはわかっている」 エレーナは不快そうな表情で口元を手で抑えている。 「そうね……」 不快そうな顔をさらに歪め、エレーナは狼の首元の毛をめくって見せる。そこにはなんらかの紋章が刻まれていた。 「これは!」 「隷従させた際に押される所有印だわ。奴隷の烙印(スティグマ)ってわけ」 「なるほど、やっぱり黒幕がいたわけですな」 「烙印の紋様から使用された術が特定できるわけだけど、これはなかなか強力な呪術よ。操った上に凶暴化までさせてる。使用できる人間なんて限られてくるわ」 モンスターを操れる能力を誰もが使えたらたまったものではない。限られてくるのはありがたいが、何かが引っかかる。確かモンスターを操る術を封じ込めた杖が存在していたはずだ。それを使えば完全に言うことは聞かないまでもある程度の使役はできるだろう。 しかしそんな代物こそどこで手に入るというのか。こちらの可能性は低いだろう。 「アンチセフィロトの残党の可能性は?」 エレーナは首肯する。 「あり得る。アンチセフィロトなら教団の秘術を忌み嫌って、凶悪な魔術に乗り換える合理的な理由があるもの。ただ、魔物を操ってメルクマンサ村なり眠れる森をどうにかしようっていうのなら数といいやり方といいまどろっこし過ぎる。本当の目的は別にあるんだけど、道を間違って一部の隷従モンスターがメルクマンサに来てるのかもしれないわ」 ちなみにメルクマンサの森は神秘的な静けさがあるため、精霊の森や眠れる森とも呼ばれている。 「じゃあ目的はうちではない、と?」 ライノスの低い声が尋ねる。 「その可能性はありますね。ただ、これはあくまで私の推測ですが、この呪術を使った術者はまだ完全にその力を引き出せていない気がします。つまり、やり方がまどろっこしいのではなくて、まだそれができない。今は術の実験の段階なのではと」 「そんなことあり得るのか?」 「わからない。でもメルクマンサ村の周辺を調査していけば犯人は見つけられるでしょう。この地にはいない魔物をあんなに囲っていればそう簡単には移動できないだろうから」 話し終えるとエレーナは溜め息を漏らして椅子に座り込んだ。円卓に肘をついて頬杖をつくと、重労働でもしたかのような疲れた顔を見せた。 それにしても、魔物を集めるなどという悪趣味な輩がいるものだろうか。邪教集団が魔物を集めて実験を行っているとするなら、それなりの規模の施設が必要になると思うが。 「どこまでも剣呑(けんのん)な話ですな。この周辺は山林が多いですから隠れる場所にはこと欠かないですが、もし魔物を一定数収容しているのだとしたら建物がいります。実はここから東へ行った丘に夭折(ようせつ)した資産家・ラーヴェラムの残した屋敷があります。今は廃墟となっていますが、多少の修繕を行えば潜むことは可能なはずです。個人的にはそこが臭いますね」 「あのラーヴェラム、ですか」 丘の上の屋敷ならば地下室もあるだろう。狂獣たちを隠しておくのならなおさら理に適っている。 「わかりました。今から見てまいりますので詳しい位置をお教え願えますか?」