ひとつのまばたきを挟み、靄は消えた。猛(たけ)る獣は今目の前にいる。右手には剣。 「グオオオオオオオオオオオッ!!」 黄色い残像となって襲いかかる鋭い爪。カオリは剣で薙ぎ払い、敵の左脇を抜けて後ろに出た。 予想以上の力だったらしい。ラヴィッジウルフは勢い余って前屈みになったが、その強脚(キョウキャク)ですぐに体勢を整えた。 カオリは折れ曲がった背中に蹴りを入れて宙を舞うと、振り向きざまの顔面に剣の一撃を叩き込んだ。 相手の防御力が高過ぎるため額から僅かに血が吹き出すだけだったが、痛みを感じているその一瞬で追撃に出る。 力は相手が上である。しかし体格の違いから小回りが利くのはカオリの方であった。各種神経が冴え渡り、最低限の動きで最大限のダメージを生み出す。剣を持っている感覚すらもない。 今度ははっきりと隙を突いていた。カオリは再び後ろ側に回り込むと、ロングソードを敵の背中へと突き刺した。 「ガァァァァァァァアアッ!!」 背中から突き刺された剣。切り口から勢いよく血飛沫が舞った。 喚き声を吐き出す魔物。しかし背後からの攻撃のために反撃に出ることができない。 息を吸い込み、力の限りに剣を奥へ奥へと押し込んでいく。 だが敵の抵抗とカオリの本領の力に刃が負け、剣の刀身の大部分が体に突き刺さったまま根本から折れてしまった。 「カオ……」 ソフィアからの呼名は言葉にならない。カオリが身じろぎもせずに右手から木の枝を伸ばして棒状にし、相手の後頭部を打ち据えていたためだ。 背中からのダメージに悶えるラヴィッジウルフ。追撃の木の剣は、木製とは思えぬほどの強度を誇っていた。普段のカオリでは、これほどまでに植物を成長・強化させることはできなかっただろう。 セフィロトの声で、カオリの秘められた力が覚醒していた。 だが飽くまで木は木であり、金属製の刃物のように斬撃からの致命傷は与えられない。 着地からの風のような胴薙ぎで敵の目の前に出ると、屈強な腕で繰り出される拳を木の剣で弾き返す。相手の威力に押されて砕け散る木の剣。すかさず刃の折れたロングソードに持ち替え、相手の手の甲へとそれを突き刺した。 満身創痍となって声にならない苦痛に悶える狼男。しかしまだ諦めるつもりはないらしい。 相手も傷が深くなり、動きが鈍っている。 カオリは折れた木の剣のひと欠片を拾うと、後退しながら相手の捨て鉢の攻撃をひらりひらりと躱(かわ)していく。 上半身の発達したラヴィッジウルフの体は、対象を一度も捕らえられないことでだんだんとバランスを崩していく。 僅かに戻りの遅くなる殴打を見抜いて、カオリは再び背後へと回り込む。 そして折れて刺さった背中のロングソードの刃へ向かって手中の木の剣の欠片を成長させる。一瞬で背中へと到達して刃を支えると、そのまま剣を押すようにさらに伸び続ける。 できあがった即席のロングソードを手に掴むと、カオリは再び力を込めてラヴィッジウルフの体を貫いた。 貫通して伸びていく木の芯が地面へと到達して先端の刃が弾かれてしまった。 ラヴィッジウルフは悲鳴にも似た断末魔の叫びを吐き出すと、轟音を残してとうとう地面へと伏して倒れた。