ラヴィッジウルフは剣に体を貫かれたまま息絶えた。 「カオリさん!」 ソフィアは剣を持ったまま微動だにしないカオリに駆け寄った。 カオリはラヴィッジウルフの亡骸をただぼんやりと見つめている。 「カオリさん!?」 さらなる呼名。しかし反応がない。不審に思って肩に触れると、カオリは前のめりに倒れ込んでしまった。 「だっ、大丈夫ですかっ!」 「薬だ! 私の馬車のなかに回復薬を詰めた箱があるから持ってきてくれ!」 腰を抜かしていた行商の男が這い寄ってきてソフィアに指示する。 ソフィアは首肯して無事だった馬車へと駆け寄っていく。 カオリになにがあったのか? よくわからない。 ただあの時カオリはいつもとは比較にならないパワーとスピードで敵を圧倒していた。一方で身に余る力がうまくコントロールできていないのか、稚拙な動きでもあった。 自身に秘められた力を試していたのだろうか。それならば納得もいく。しかしあの時のカオリは終始無言であり、何者かに取り憑かれているようにも見えた。 荷台に足を踏み入れると、最も手前側に仕切りの入った木箱を見つけた。仕切ったそれぞれのマスには色とりどりの液体が詰まった瓶が並んでいる。7割は回復薬だが、なかには赤っぽい謎の液体もある。 ソフィアが力の限りに木箱を持ち上げると、それをカオリの傍へ持っていった。なかなかの重さである。 なんとか元の場所まで戻ってくると、行商の男がカオリの肩を揺すって起こそうとしているところだった。 「ううん……ふぅぅあぁ……」 カオリは仰向けになり、目を閉じたまま左右に顔を動かした。 「この子、起きそうだぞ」 「起きてください! カオリさん!」 「なんでよぉぉ……起きてるし」 カオリは眠たいところを起こされ、駄々をこねているような声を出す。 「もうすっごい疲れちゃって。あの、もう、体中の力が抜けきってる」 「どうしたんですか? 終始黙ってるし、何かに取り憑かれてたのですか?」 カオリの表情はもはや悪夢に魘(うな)されるそれだった。 「取り憑かれてはないのよ。神のお告げがあったけど」 「神のお告げ?」 話が見えない。神託があると人は強くなるのだろうか。その多くは心の病で解釈されるものだが。 「まあね。……すごくさ、力が溢れてくるんだけど、口にしたら一気にもとに戻ってしまいそうで。ああもう無理」 行商人はソフィアに振り向き、薬箱を顎で指した。 「回復薬じゃないな。魔法薬で試してみよう。ほら、アンタ、この薬を」 ソフィアはカオリのもとにひざまずいている行商の男に箱を手渡した。 「ありがとうございます」 カオリはこの手の薬は回復薬しか使用したことがない。元の世界にこれほど即効性のある薬は存在していなかったらしく、薬への信頼度は高い。 ほぼ目は瞑ったままだったが、楽になると思ったらしくなんとか上半身だけ持ち上げていた。 「ほら、お嬢ちゃん」 男は数少ない魔法薬をカオリに向かって差し出した。 しかしカオリの受け取ろうとする手は空を切り、地面に置いてある薬箱へ。 「へ?」 なにが起こったのか。一瞬理解が追いつかなかった。 カオリはひとつの瓶を手に取って蓋をはずし、口元へと運んでいく。その瓶の色は不思議な赤色をしていた。 「ちょっと待てそれはまずい!」 男の静止も虚しく、カオリは薬を半分ほど飲み干すと、さも不味そうに顔を顰(しか)めて見せた。 「まずい……」 ゴホゴホと咳を繰り返す。そして頬を赤く染めると、驚いたような顔で目を見開いた。 「ありがとうございます。魔法薬って不味いけど効きますね」 にっこりとカオリの笑顔。これだけで大抵の男は落ちてしまうが、行商の男はあわわわと口元を震わせている。 「カオリさん、それ、魔法薬じゃありませんよ」 「えっ……?」 「それ、これから魔女に届ける予定の品だったんだよ。身体大丈夫かい? それ絶対ヤバいモンスターから作られたものだよ」 カオリは無言のまま胸元をさすっていた。