ひと目その魔物の姿を見た時、こちらの存在に気づいているのか? そんな感想を持った。 なぜならこれだけ狭い空間にいながら、その竜は一切こちらへと目を向けなかったからだ。 竜は渦巻くような黒いオーラをまとっていた。図太く爛(ただ)れたような手足を地面につけ、長い首の先には角の生えた頭部がある。長い爪は大樹の根のように禍々しく太い。 これが竜なのか。ダンクスは驚きを隠せなかった。謎の多い竜族は人間に飼われているもの以外見たことがなかった。それもわずかに数回だ。国外の大きな城下町で見かけただけのことである。 この地下室では狭いと言わんばかりの巨躯を震わせ、死臭をまとったブレスを吐き出している。目には生気が感じられない。 「いかがですかな。これはカースドドラゴン。生まれ落ちてすでに呪われている魔竜の眷属です。詳しくはわかっていませんが、先祖が末代まで続く呪いを受けたために、その呪いを継承して生まれてきたとされています。まだ成体にもなっていないというのに、今にも死んでしまいそうなほど苦しそうにしているでしょう」 そういうことか。この竜は身の苦しみのあまり、人間の存在など眼中にないのだ。 「カースドドラゴンにあなた方を襲う意志はないでしょうが、かれに攻撃して衝撃を与えれば苦しみを誘発して呪いの波動を吹き出しますよ」 「このサディストが……」 ダンクスは斧を構えてヒュルデンを睨みつけた。 目敏(めざと)く気づいたヒュルデンは両手を前に出してそれを制する。 「待ってください。この杖を持つ以上、カースドドラゴンの所有者はこの私なのです。呪いでまともには動けないでしょうが、私が命令すればあなたたちに攻撃を加えますよ」 「室内で呪いを放てばあなただって無事には済まないわよ?」 「ご心配なく」 ヒュルデンは首にかけた紋章型のネックレスを取り出して見せた。なにかはわからなかったが、大方呪い耐性ないし闇属性ダメージ軽減のアクセサリーだろう。魔竜の一族ということは闇属性。呪いの波動は呪いのステータス異常を付加した闇属性の攻撃と見ていい。 「わかりますね? 私に呪いは効きませんよ」 「そんな、どうしたら」 ソフィアが不安そうにダンクスを見つめた。 「カースドドラゴンの攻撃を躱しながらあの男を倒せばいいのよ。こんな地下室からじゃカースドドラゴンは表に出られない。人里離れているから最悪放置しても2、3日なら問題ないわ」 騎士団へ連絡はしてある。その間に対策を考えるというわけか。放っておけば呪いの波動がこの地を蚕食(さんしょく)し尽くしてしまう。この男を屈服させて返還させる手もあるが、果たしてそんなことが可能なのか。 「やれやれ私は眠れる森に興味があっただけなのですが。おとなしくしていれば村のみなさんへは危害は加えないとい……」 「キィシャアァァァァァ!!」 唐突な奇声にヒュルデンの言葉が途切れる。カースドドラゴンの体が邪悪な光に包まれる。 「おやおや始まりましたか」 「みんな! 私の後ろに入るんだ!」 マックレアが盾を前面に構えて魔力を注ぎ込んだ。盾が拡大するように光のバリアが展開する。 「早くっ!」 真っ先に動いたエレーナがソフィアとダンクスを手招きする。 カースドドラゴンを包み込んだ黒い光は、突風に流されるようにこちら側へと襲いかかってくる。バリアにぶつかった光は熱を帯びた鉄のように灼けついてジュウと音をたてて煙となる。 「まだだ! みんなまだ動くな!」 マックレアの作り出した光のバリアがまとわりつく呪いを燃やし尽くしていく。オーラがすべて煙へと変わった時、マックレアはバリアを解除した。 しかし早くも魔竜の周囲に新たな気が出現し始めている。 「先手必勝だ! 輝け! グラフツァートセイバー!」 マックレアが大剣の鋒をカースドドラゴンに向けて構える。刀身が光り輝いて閃光が空間を蒼く染めた。やがてバチバチと電流が弾ける音が聞こえて輝きが膨張を始める。 「雷神よ、その力で以てかの者を打ち砕け! 豪雷剣・突穿(トッセン)!」 剣からプラズマが放出され、矢のようにカースドドラゴンへ向かっていく。至近距離で放たれたそれは、あっという間にカースドドラゴンを包み込み、刹那に爆炎へと変わる。 轟音が空間を揺るがし、その衝撃に体勢を崩しかけた。マックレアは盾の展開の他に雷の術を融合させた剣技の使い手のようだ。 爆発による煙が薄らいでくると、石畳の床が黒く焦げているのがわかった。しかし、再び姿を現したカースドドラゴンは苦しみながらもほとんどダメージを受けていない。 「グイキィシャアァァァァァァァ!!」 カースドドラゴンの悲鳴だ。再びまとった気が収束して拡散しようとしている。 「クソっ! みんな、再び私の後ろへ!」