カオリは中庭に戻ると、手のひらに輝くリュシフォンの花を一角に放って自身は茂みのなかに姿を隠した。 持ち前のスピードで早くも地上に顔を出したディットンズウルフは、すぐにリュシフォンの花を探し始めた。 思った通りだ。嗅覚の鋭いディットンズウルフは、嗅いだことのない強烈な臭いには慣れるまで時間を要するのである。犬だって同じだ。嗅覚が良過ぎるゆえに混乱してしまう。 やがて大きな音をたててラヴィッジウルフも地上へ登ってくる。数は2体。黄色い体毛はどこか優雅だが、その力の強さは先日嫌というほど学んでいた。 ディットンズウルフほど嗅覚の鋭くないラヴィッジウルフは、リュシフォンの花をすぐに見つけ出した。図太い腕でそれを引っ掴むとすぐに口元に近づけようとするが、それに対してもう1体が殴りかかる。ラヴィッジウルフはラヴィッジウルフに殴打されて体をのけぞらせた。これがRPGでいう誘惑の効果なのだろうか。 やがてディットンズウルフも交えて殴り合い、噛み合いのバトルが勃発した。 「ヒド……っ」 ラヴィッジウルフがラヴィッジウルフの首を締め、締めている側のラヴィッジウルフの左足にディットンズウルフが噛みついていた。亜人種とはいえどちらも元を辿れば狼である。カオリは呆れて溜め息を漏らした。男たちが自分を取り合って争っていても、この有様なら萎えてしまいそうだ。私って罪な女……。 かすかに階段を登る音が聞こえる。カオリは慌てて顔を引っ込めた。そして恥をかなぐり捨てるように、胸元のボタンを外した。 もうやだ……。2度とこんなことしないんだから。 階段を登って中庭に出てきたのは、先ほどディットンズウルフを放ったドマーという男ではなかった。もっと筋骨隆々な男である。サーベルを手に構えたまま、ラヴィッジウルフのケンカを見て近くまで寄ってくる。 「なんだこれは……。この臭い……」 男は思わず鼻を押さえた。人間でもここまでの臭いとなると耐えられないのだろう。 男はラヴィッジウルフたちの背後で光るリュシフォンの花に気づいた。近寄ろうとするも、下手に奪えばモンスターたちに襲われるのは目に見えている。 仕方なく男はこっそりと裏側に回る。静かに近寄って花をなんとかしてしまえばいいと思っているのだろう。 大回りしてリュシフォンの花の真後ろに近づいたころには、先ほど首を締められていたラヴィッジウルフが反撃の寝技を披露していた。 男は溜め息をつき、そっと近づいていく。最も近い木の真下を通り過ぎようとすると……。 「ぐおおっ!」 頭部に打撃を受け、一瞬で意識を失った。 茂みに突っ伏す大男。 「柄で殴っただけよ。安心して」 男の頭部を殴打した剣はその場の木の枝が握っていた。しかし時間が経つとーー厳密にはカオリが木から手を離すとーーそれがか細い腕へと変化していく。カオリは裸の胸元を左腕でかばい、再び木の陰へと隠れた。 今朝手に入れてきたネレードの花は擬態の能力をもつ。服を脱いでなにかに触れていればそれの一部へと姿を変えられる。 敵の追っ手が来ることは想像に難くない。カオリは脱ぎやすさを優先して着てきた衣類を茂みに隠すと、リュシフォンの花に一番近い木に抱きついて機会を窺っていた。失敗は許されない一撃必殺の策である。 再び木を抱えるかたちでその姿を隠すと、敵の出方を待った。ほどなく魔物たちは三者ともに倒れてその場で気絶した。 敵の追っ手が来ないことを確認すると、カオリは再びあられもない姿に戻り、お気に入りのワンピースを引っ掴んだ。