室内は再び黒い渦に巻き込まれた。 「フハハハハ! どうです! これが竜の力ですよ。素晴らしい!」 闇の追撃がマックレアを襲う。 「うおおおおおおおっ!」 マックレアはさらなる魔力を込めてシールドを強化した。バリアの白い光が濃さを増し、黒い霧を弾き返していく。 危険が去って盾を元に戻すと、マックレアが息を切らしながら額の汗を拭った。マックレアの体力と魔力の消費が激しい。このまま何度も攻撃を受ければ遠からず攻撃を防ぎきれなくなる。 「援護します!」 ソフィアがマックレアの前に出て矢を番える。ターゲットはヒュルデンの杖。 放たれた矢がソフィアのイメージ通りに杖の柄へと飛んでいく。しかしヒュルデンは小さなバリアを広げており、矢は標的の目の前で透明な壁に阻まれて地に落ちた。 「甘いですね。カースドドラゴンを倒すのが困難だから代わりに私を狙う。子供でも思いつくような作戦です」 ヒュルデンはカースドドラゴンを見上げると呟く。 「いやはやもったいない。これだけの個体が手に入るのならいろいろ調べたかったものですが」 「実験道具ってわけか」 斧に力がこもる。ここは葬ってやる方がいいのだろうか。 静かに念じる。 風よ、吹き荒れろ。 「マックレアさん、守りは頼みましたよ」 「待ってください!? 何を!?」 突然の呼びかけにマックレアがまごつくが、ダンクスはすでに攻撃体勢にあった。 「勇猛なる獅子よ、立ちはだかる敵を屠る屈強の力を授けよ!」 念じると、斧がだんだんと重みを増していく。魔力に支えられたまま体が宙へと飛び上がった。 狙いはカースドドラゴンの首。苦しませずに一撃で討ち取ることができるか。 上昇エネルギーが変換されて段鉄の刃に力を与える。 一瞬でもあの身体に触れれば呪いを受ける可能性がある。いちかばちか。 「ストルツレーヴェ!」 白い鬣を靡かせてカースドドラゴンの頸部に斧が落下する。普段ならばどんな敵も真っ二つにする一撃だった。しかし敵の強固さが勝っていた。戦斧が鱗を抉ることはできず、魔力の威力だけが吹き抜けて斧は首元に当てられたままぐらぐらと揺れている。 「ちいっ!」 竜の長い尾が鞭のようにしなり、自身の首元に立つダンクスに襲いかかる。 尾で狙うには不都合な位置だ。ダンクスは身を屈めて躱すと、追撃の尾へ向かって再び斧を振るう。 「ここはメイルディゾルバで!」 三叉の槍のように尖った竜尾に超振動を加えた斧を叩きつけた。岩石を粉砕したようなすさまじい衝撃が手首に伝わる。払い切った斧の向こうで尾部の竜鱗が割れたガラスのように砕け散るのが見えた。 竜の悲鳴に似た嘶き。またも闇が噴出のカウントダウンを始めた。 「ダンクスさん! 早くこちらへ」 「ああ!」 ダンクスはカースドドラゴンから飛び降りるとマックレアのテリトリーに戻る。 「竜鱗を打ち砕くとは……。呪いすら受けていないし、騎士団も放っておきませんよ」 マックレアが笑いのこもった顔でバリアを展開する。 「全部粉々にするまでに、あんたの体が持ってくれるといいのですが。そうでないとみんな揃ってあの世行きですがね」 ダンクスは減らず口で返す。 「任せてくださいよ。行けぇぇええええ!」 3度目の波動がこちらを襲う。しかしダンクスの一撃に目が覚めたのか、エレーナが呪文の詠唱を始めていた。マックレアの絶対防御が解かれるころには、エレーナの唱えた炎の魔法が円陣を組んでカースドドラゴンを囲んでいた。 「マックレア、こんなところでくたばらないでよね。私もそろそろ本気を出すわ」 エレーナの口元が動く。円形の炎が激しさを増し、エレーナの指鉄砲を合図に敵を包み込んだ。 「その罪過、苛烈なる炎が灼き尽くす。浄化せよ! バーニングコート!」 炎は血のように赤く染まり、カースドドラゴンを包み込んだ。呪いのオーラすらも灼き尽くすようにだんだんと視認温度が上がっていく。やがて炎は十字のかたちに収斂(しゅうれん)すると、爆炎とともに弾け飛んだ。 「グァフォォォォォアアアア!!!!」 すさまじい衝撃だった。爆風からかばうようにソフィアを抱き込むと、ダンクスはマックレアの盾の後ろに回った。 さすがのカースドドラゴンも首が下がり、ダメージの蓄積が目に見えていた。 「おお素晴らしい。まだ若いというのにとんでもない魔力をお持ちのようですな」 ヒュルデンは笑顔で拍手を打つ。こいつ、この状況を楽しんでいるのか。 「もっとも、先ほどの斧の一撃でカースドドラゴンの防御力を削り取ったそちらの方の功績も大きいでしょうが」 カースドドラゴンは目に見えて力を失いつつあった。これならば勝てる、みながそう思い始めていた。 「仕方ありませんねぇ。カースドドラゴンはここで諦めるとしましょう。さあ行くのです! その命で最後のブレス攻撃を放ちなさい!」 ヒュルデンはマックレアを指差すと叫んだ。 「なんだとっ!」 「まずいわ! 命を振り絞った一撃なんて食らったらマックレアでも防ぎきれないかも」 「やるしかないだろう!」 マックレアは両腕でしっかりと盾を掴むと、唸り声を上げて特大のバリアを張る。守り切れるのだろうか? 「ソフィア」 ダンクスが振り向くと、ソフィアははっきりと頷いて見せた。 ダンクスは再び斧を構えてマックレアのバリアの外に飛び出す。 「待ってください! なにをする気ですか!?」 カースドドラゴンを取り囲む闇が張り詰めて、今にも爆発しそうだ。 「打たれる前に今度は確実に仕留める」 「バカなっ!」 ダンクスは再び風を呼び始めた。 頼んだぞ、ソフィア。 すでにソフィアは目を瞑り、精神を集中させていた。