カースドドラゴンの口元から涎(よだれ)が溢れ出ている。改めて感じる死臭の強さ。ここで幕を引いてやるべきなのか。 戦斧の刃は斜めを向いて、足元に旋風が巻き起こる。成仏しやがれ。 体が覚えている跳躍の動きを遙かに凌いで飛んでいく感覚。斧の周囲の空気だけが掴まれたように重い。 上から見下ろす竜の姿。最後の一撃を放とうというのにこちらに気づいてすらいない。 堪らずダンクスに攻撃を仕掛けようとするヒュルデンを、ソフィアの放った魔封じの矢が捕える。ソフィアの持つ魔封じの矢にはほんの僅かな時間だが魔法を妨害する効果がある。魔術師との戦いで相手を封じるには不足だが、一撃を止めるには充分だった。 あの時ソフィアに指示した矢は2発。互いの動きで敵の攻めを牽制する連携攻撃だ。 「これで終わりだ! ストルツレーヴェ!」 獣王が咆哮を上げるように、轟くような衝撃をまとってカースドドラゴンの頸部を打ち抜く。メイルディゾルバには敵の防御力を削ぐ力がある。同じ一撃でも威力は違うはずだ。 「ガアアアァァァァァッ!!」 竜鱗にぶつかっても動きは止まらない。勢いは削がれることなく、地獄までも落ちていきそうな感覚を覚える。やがてカースドドラゴンが力尽き、首が折れて果てるのがわかった。そして竜は頭部が吹き飛んで静かに生命活動を終えた。 虚しく朽ち果てた竜の身体は、そこに命があったことすら疑わしくなるほどボロボロに焼き爛れていた。死してなお吹き荒れるオーラの嵐。 すかさずマックレアが飛び出して、盾を竜の身体に押し付ける。 「消し飛べぇぇぇぇ!!」 ありったけの魔力を込めてバリアを広げ、今飛び出さんとする断末魔の邪気を瞬時に消失させた。 「な、なんということだ!」 ヒュルデンが目を見開いて驚きを見せた。もちろん、彼の「道具」が死んだからではない。 ソフィアの放った第2の矢が使役の杖を撃ち抜いていた。爆風に押されている時、こっそりとソフィアに指示していた作戦である。カースドドラゴンの撃破に気が緩んだところを狙えば、ヒュルデンにも隙が生まれるはずだと。 杖の上部についていた宝石は吹き飛んで、石畳に転がった。 「よくも私の杖を……」 ヒュルデンは顔を歪めて歯を食いしばっている。ここまでされて余裕の表情はできないのだろう。 「まあいいでしょう。玩具(おもちゃ)は他にもありますからね」 「なんですって! まさか、あなた禁忌の武器を他にも……!?」 エレーナが叫んだ。つまり他にもあんな杖があるということなのか。 「教団の黒歴史は根深いということですよ。共に逃げた者たちとスィメアの国境を越えた際に分け合い、私の手元にもまだあと2振りの杖があります。私には教団の教義など無意味ですからな、ただ強力な魔術の力を与えてくれる武具を欲しただけなのです」 ヒュルデンは目を瞑り、両手を真横に広げた。 「セフィロトへの帰依を止めた我々の仲間は、しばらくの間身を隠すために辺境の地を訪れました。それぞれが別の方角へと別れ、私は眠れる森の周辺までやってきました。森に住まうという樹木の精霊に関心があったためです」 「それで村にまで危害を加えたということか」 「ドマーが失礼しましたね。放り出される命令をされた魔物たちがどこに行くかまでは、私にもわかりませんからな」 「そんなことが言い訳になるか! おとなしくお縄について残りの仲間の居場所を吐くんだな」 マックレアが吐き捨てる。しかし先ほどの会話を聞く限り、ヒュルデンは残りの仲間たちの居場所を知らないようだ。 「やれやれ。騎士団のあなたがなぜセフィロト背教者の取り締まりをする必要があるのですか? 第一私はセフィロト教団の連中とは違って自身で魔術の研究も行っていたのです。ここから逃げ延びることなど造作もありません」 「なんだと!?」 「これはっ!?」 エレーナが驚きの声を上げる。よく見ると周囲に霧が発生していた。 「この魔散霧は魔力の顕現を妨害する効果を持ちます。もちろん視界も奪いますから、私への攻撃は無理だと思ってください」 空間が真っ白に染まるまで、ほんの僅かな時間しかなかった。 「クソっ! どこだヒュルデン!」 霧は深くふかく立ち込め、広い地下空間すべてを覆い隠してしまった。 マックレアが叫び声を上げて何度もヒュルデンを呼んだが、返事はなかった。