連れて行かれたのは屋敷の近くにある小さな小屋だった。身体の拘束された人間を連行するには適した場所だったが、その近さゆえソフィアらが発見してくれる可能性も高いはずだ。 しかし……。 カオリは今鎖で手足を縛られてしまっていた。壁から伸びた鎖が左腕、右腕、両足をしっかりと固定しており、さながら磔(はりつけ)の状態である。床には怪しげな紋章が描かれており、魔法が効果をなさないことは説明されなくても理解できた。 そしてその紋章もモンスターの血で汚れている。よく見れば魔物の毛のようなものもそこここに見受けられ、ここがモンスターの調教場であったことは想像に難くない。 悪趣味だ。こっちの世界にも拷問の文化があるのか。 力を入れてみても腕も足も動かない。 これから何をされるのかと考えると恐怖しかなかった。 だが好きにされると決まったわけじゃない。仲間だって探してくれているだろうし、なんとか植物を操ってこの場を凌ぐしかない。 「安心してください。言うことを聞いてくれればこちらも手荒な真似はいたしません」 男ーー本人曰くヒュルデンというーーは手に小さな剣のようなものを持っている。しかしそれに刃はなく、打撃を加えて相手を痛めつけるための道具だとわかった。 「じゃあそれは何?」 カオリは改めて両腕を動かしてみる。しかし縛鎖の揺れる音ばかりである。 「無駄ですよ。これはターチャーソード。拷問用の道具でしてね、刀身に神経毒が塗りつけられています。これで叩かれればあっという間に体が痺れていうことを効かなくなりますよ。まあ、やり過ぎると死んでしまいますからほどほどにしなければいけませんがね」 ヒュルデンはクククククッ、と気味の悪い笑みを漏らした。完全に目がイッている。拷問が趣味のサディストなのか。獣人では飽き足らず人間にまで手をかけようとしている? 「さあ、前置きなどいいでしょう。教えてもらいましょうか。その植物を操る力はどうやって手に入れたのです?」 「知らない。気づいたら使えるようになっていたのよ」 カオリはプイと顔を背ける。ヒュルデンは壁に磔にされているカオリに近寄り、狂気のこもった目でこちらを見つめた。 恐ろしい目だ。しかし、下手なことを言えばドリアードたちに危険が及ぶ。ヒュルデンは眠れる森の精霊たちを狙っているのだ。 「嘘はいけませんね」 ヒュルデンはターチャーソードをカオリの右腕に向けて構えた。 「やめてっ!」 カオリは恐怖のあまり目を瞑った。 必死でもがくが身体は動かない。 こんなことされるなら喋ってしまった方が……。 …………。 …………。 …………あれ? カオリはおそるおそる目を開き、自分の右腕を見る。そこには毒の剣が押し付けられている。ノーダメージだった。 そういえば……。 ここに海辺に生息するクリュハムの葉を用いれば、右下へと光が進み、あなたの身体は一定の麻痺耐性を持つことになります。まあ、あなたには必要がなさそうですが。 いつぞやのドリアードの言葉が甦ってくる。そうか。私にはもともと麻痺の耐性があったのか。なんで? 「やれやれ効きませんか。ますます興味が湧きましたよ。これは調べ甲斐が……ん?」 変態的な台詞の途中でヒュルデンが窓際を振り向いた。 聞こえる。 「カオリさーん!!」 「カオリー!!」 ソフィアとダンクスの声。助けが来たんだ。よかった。痛い目に遭わなくて済んだんだ。 「まったく、かれらはどこまでも私の邪魔をしますね」 ヒュルデンは忌々しげに言い捨てる。そして手に持つ剣を取り替え、小型のナイフを手にする。 「仕方ありません。このままでは時間がないので、あなたには奴隷となってもらいましょう。杖などなくても人を奴隷とすることなど容易いこと。さあ、今から烙印を刻んで差し上げます」 ヒュルデンはナイフをカオリの首元に向けた。烙印の位置は胸元と決まっているらしい。カオリのワンピースのボタンをふたつ外し、胸元を開(はだ)けさせた。もちろん、それぐらいのことでバストが露わになることはない。しかし下着も谷間も充分覗けてしまう位置であり、それがカオリの怒りに火をつけた。 「あったま来た……」 「なに?」 ガン! とすさまじい音が鳴り響いた。驚いてヒュルデンが振り向く。続いて窓ガラスが割れて大きな破片が室内へと入り込んでくる。 「なっ、なんだと……!? なにが起こっている!? 亡霊か!?」 ヒュルデンが頓珍漢なことを言い出している。確かにポルターガイストのようではある。 ヒュルデンは窓の外を覗いてようやく得心がいったようだ。 「小屋を囲む木々がこの家を押しつぶそうとしているだと……!?」 ゴオオと地鳴りが響いた。もともと大きかった木々がさらなる急成長を遂げ、建物を覆い隠すように斜め向きにその幹と枝を伸ばしてきた。枝は窓や壁の一部を突き破って室内に入り込み、あっという間に部屋中を埋め尽くした。 「なっ……そんな、こんな能力が!」 ヒュルデンは怯えた顔でこちらを振り向いた。カオリは怒りと羞恥で顔を真っ赤に染めている。 「この……変態野郎ーっ!!」 「うっ、うわーっ!!」 カオリの掛け声とともにヒュルデンは伸びてきた木の枝に全身を巻き取られ、取り込まれるかたちで姿と声を消した。 小屋はぼこぼこに壊れてへこんでいたが、この様子ならば崩落はない。 なんとか退治した。全身から力が抜けていく。 「カオリさーん!」 ソフィアの声が大きくなる。だんだんと襲ってくる虚脱感。そして睡魔。 「あと……よろしく」 カオリは鎖で繋がれたまま眠りに落ちた。 (第6章 終わり)