透き通る水の奥深くには、土の堆積した底があるはずである。しかしとどく限りに潜って見ても底は見えなかった。 カオリは諦めて身体から力を抜いた。ふわふわと水泡をまとって水面へと上昇していく。 気持ちがいい。疲弊した身も心も洗われていくようだった。 メルクマンサの森の広場には生命エネルギーが溢れている。力を使い過ぎたらここまで戻って来いと言っていたドリアードの言葉の意味が、今ようやくわかった。 この池には森に芽吹く生命たちが生み出す力が集まってきている。戦いのなかで身体から抜けていったはずのそれが、急速に満たされていくのを感じる。 カオリは池に入ると目を閉じたまましばし肌に触れる水の感触を楽しんでいた。 なぜカオリに神経毒が効かなかったのか、なんとなく理由はわかっていた。 この世界に転生したその死因までは思い出せないが、あの日飲んではいけない薬を誤って口に入れてしまったことは覚えている。 おそらく転生しても身体が毒を覚えていたのだ。もしかしたらあの時飲んだ毒が植物由来だったからかもしれないが、自分の命を奪ったものに守られてしまうとは笑うしかない。 上天から降り注ぐ光に照らされて、ゆらゆらと揺れる髪が輝いて見えた。 ただひとりの肉親である母が亡くなって1年。友達はいたけど恋人はなし。もう友達と遊べないし、憧れのアイドルの追っかけもできない。 それでも新しく得た人生は色とりどりに輝いている。メルクマンサの人々は自分を温かく迎え入れてくれた。それがどれだけ幸せなことか、今この瞬間改めて噛み締めている。 この世界には魔王すらいるらしい。セフィロトがそう言っていた気がする。仮に魔王がいなくても悪い背教者がうろつく国になってしまった。もしかれらがこの村を狙うのなら、私は村を守るために戦う。 身体が池面に浮かび上がり、皮膚の表側が空気に晒された。 カオリは平泳ぎで花畑の側まで泳いでいき、陸地へ上がる。 まだ日があるためにドリアードは姿を現さない。誰もいない静かな空間だった。 水が滴り落ちる髪と体も、暖かな陽光に抱かれてむしろ心地よい。 髪を背中へ払うと、目一杯の背伸びをした。水気を帯びた身体が黄金色に染まる。 ふと、目の前にまだ芽吹いたばかりの新芽を見つけた。裸足のまま、傍に畳んで置いてある衣服も身につけないままでカオリは歩いていく。 その時遠くの木々が揺れる音がしたが、カオリは森の動物だろうと気に止めなかった。 屈んで手に触れたその芽はまだ小さく、頼りない。 カオリが頭に美しい花を思い浮かべると、みるみるその芽は成長を始め、立派な花を咲かせた。 私がこの世界で手に入れたもうひとつの宝物は、この命を膨らませる素敵な能力だ。 カオリはその花をじっと見つめ、愛らしい白い花びらをそっと撫でた。日の光が新たな命を祝福するように降り注いでいる。 いつまでも見ていたい光景だった。 「そろそろ戻ろうかな」 カオリは池の方角を向いてつぶやく。また来ますね、と。 カオリは無防備な姿でもう一度背伸びをすると、傍らのお気に入りのワンピースを掴んで袖を通し、メルクマンサの村へと歩き出した。 (第6章 終わり)