ドアを開いたのはビルモアだった。ビルモア・ロータスは草花を愛する小柄な老婦人である。ちなみにビルモアの家はカオリの小屋とも距離が近い。 ソフィアはビルモアに小さく会釈すると、彼女の手にしていた白と青黒い色の服に目をやった。なんだろう? 妙に古びて見えるが。 「あら、ビルモアおばさんどうしたの?」 ビルモアは緩慢な動作でナーナイのところまで歩いて来ると、手にしていた風変わりな衣類をカウンターに置いた。 「いやねぇ、ナーナイ。これを見立てて欲しいんだよ」 そう言うとコツコツと皺の寄った手で件の服を指す。 改めて見ても奇妙な服だ。前面が重なり合うようになっているがボタンがなく、袖がなければなんの用途に用いるかもわからない。青黒い方はスカートのように見えるが。 「これはどうしたんです?」 「いやね、これはモニカの遺品なのさ。こちらに来た時、つまりあの子が元の世界で亡くなった時、旅行の途中だったらしいんだよ。その時旅行鞄に入っていた品がまるまるこちらの世界に渡ったんだってさ。カオリが身一つだったことを考えるとその時の神様はそそっかしかったのかねぇ」 そう言うとビルモアはカウンター前の椅子に腰をおろした。大きな溜め息がひとつ。 モニカはカオリと同じ転生者である。カオリは日本という国から来たが、モニカの故郷はアメリカという大国だったとのことだ。モニカはソフィアが幼いころに亡くなっており、あまり記憶がない。しかしソフィアの名付け親はモニカであったと何度も母親から聞かされている。 「あの、呼びました?」 カオリが背伸びをしてパーテーションの上から顔を出した。カオリはまだ着替え中である。仕切りを倒して裸体を晒すイメージが浮かんでくる。さすがの彼女もそこまでドジではないだろうか。 カオリがこの世界に来て、そして背教者事件が集結して、三十の夜が過ぎた。 カオリはだんだんとこちらの世界の生活に慣れつつある。彼女の元いた国では争いなどほとんど起こらないらしく、大きな怪我をするごとにカオリは大騒ぎしていた。しかしカオリには自然と一体化する不思議な力があり、それが理由なのか彼女はどれだけ大きな怪我をしても身体に傷が残らないようだ。植物の治癒能力なのかもしれない。 だがそれだけではない。まだ口にしたことはないが、背教者事件以降彼女の美しさには磨きがかかっていた。もともと村一番の美人と呼ばれるカオリだったが、あれだけ泥臭いメルクマンサ自警団の仕事をしていながら深窓の令嬢のように肌が白い。腕には傷はおろかできものひとつ見当たらないのだ。唇のつやも瞳の潤みも磨きがかかる一方で、胸はますます大きくなっている。清流のように細やかな頭髪もそうだ。まるで美を求める女性が望む理想そのもののように外見がかたちどられていく。植物が生殖のために身を美しくする作用なのだろうか。だとすれば羨望すら浮かんでくるが、それにしてもカオリには浮いた噂ひとつない。考え過ぎだろうか。 「あらカオリいたのかい」 ビルモアはワンテンポずれてカオリの声に反応した。眼鏡の裏の目は乾燥のためかむず痒そうだ。 「あの、モニカさんって方のお話ですか? アメリカから来たっていう」 カオリはワンピースの袖を通しながら尋ねた。 「そうさね。そう言えばカオリとこの話はしたことなかったねぇ。あんたたちは同じ世界から来たんだよね? じゃあこの妙ちくりんな服のことは知らないかい?」 ビルモアはその服を掴もうとするが、肩が上がらないために代わりにナーナイが服の首元を持ってかざした。 「あっ!」 カオリの瞳孔が開く。驚いているようで、反射的に手前に出した右手の指先がモニカの遺品を捉えた。 「それ、剣道着です。アメリカじゃなくて日本に伝わっている服です。すごーい!」 カオリはワンピースの左腕部に皺を寄せたまま慌ててパーテーションを取り払った。 優雅に遊ぶ黄色の髪。やっぱりこのエプロンワンピースはカオリによく似合っている。 「あらあらカオリ。どこのおてんばお姫様かと思ったよ」 ビルモアがクスリと笑う。 「懐かしいな。ちょっと古くなってますけど間違いないです。モニカさん、剣道をされてたのかな」 「ふーん、じゃあさ。今度はそっちを着てみてくれない?」 ナーナイは腕を組み、カオリ本人に視線を向けて言った。さすがは衣服を扱う店を構えているだけある。風変わりな着物には関心が強いのだろう。