振り下ろした手斧(ちょうな)が丸太を真っ二つにする。勢いづいているためにそれらは宙を舞って芝生に落ちた。 やれやれ。ダンクスは額の汗を拭うと空を仰いだ。 少し冷たい風が吹き抜けていく。見事な快晴だった。いつかのドラゴンとの戦いが嘘のように平和な日々が続いている。 「ダンクス、こっちに来て休憩しなよ。お菓子作ったのよー」 トルネイの掛け声に溜め息を漏らした。別にお菓子が嫌いなわけではない。トルネイと顔を突き合わせるのを御免被りたいのだ。 ダンクスは手斧をぐるぐると振り回す。 「ねえーダンクス聞いてるー?」 「聞こえてるよー!」 これ以上ないほどに面倒そうな声でダンクスは叫んだ。 今日は誰を斡旋されるのか。ソフィアか、カオリか、隣町のミュフィルか。 その時いつの間にか現れた大きな雲が上空に差し掛かっていた。村全体を影が包み込み、やがて通り過ぎていく。 そのダイナミズムに見とれていると、通りの向こうから誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。 舗装もほどほどで、馬車が通れば脱輪しそうな凹凸が目立つそこを、見慣れた顔のふたりが歩いてくる。ソフィアと、珍妙な服に身を包んだカオリだ。 カオリがいち早くこちらに気付き、ダンクスに向かって手を振ってくる。 「おーい、ダンクスさーん!」 ダンクスは手を挙げてそれに応じた。隣りを歩くソフィアはこちらを見て控えめな動作で会釈する。 こうやってありふれた日常がありふれたままであればいい。しかし、背教者の仲間は今もこの国のどこかに潜んでいる。これからもこの村が平和であるとどうして言えるだろうか。 未知の杖を振りかざす者たちに騎士団は対抗できるのだろうか。 「何してるんですか?」 カオリが大きな瞳で柵のなかを覗いた。 「見りゃわかるだろう。トルネイのばあさんに頼まれてな」 「薪割りですか。大変ですね」 ああ本当にな、と言いかけてダンクスは口を噤んだ。トルネイの大きなお節介にこのふたりは関係ない。 「それよりデオンさん見かけませんでしたか? 今、モニカさんの遺品を広げてるって聞いたんですけど」 デオンはダンクスらと共にメルクマンサの自警団に所属している。鬚面がトレードマークで、腕のいい猟師でもある。 「今日はビルモアさんの手伝いに駆り出されていると聞いていたが。はずれの倉庫にいるんじゃないのか?」 モニカが亡くなってから、彼女の遺品は村のはずれにある倉庫に保管された。彼女には身寄りがなく、また物珍しいものをたくさん所持していたため村として保存することに決めたのだ。 「やはりそうなのですね。先ほどまでビルモアさんとお話ししていたのですが、ビルモアさんご自身はご自宅で報告を待っていただけとおっしゃっていて、詳しい場所は知らなかったのです」 ソフィアが丁寧に補足した。なるほど、カオリの寒そうな服もモニカの遺品のひとつということか。 「変わったものがたくさんあるらしいんで、私も気になってしまって。これから少し見学させてもらおうかなと思っているんです」 ダンクスはその時嫌な予感がした。モニカの遺品。幼かったためによく覚えていないが、彼女は本当に妙なアイテムを溜め込んでいた。まるで骨董品屋のようだった。なかには禍々しいオーラをまとった品も混じっていた気がする。 ダンクスは通りの先を指さした。 「だったらこの道をずっと谷の方へと歩いていけばいい。俺もこの件を終わらせたら顔を出そう」 トルネイの都合などお構いなしでダンクスは続けた。どうせ今日の主目的も嫁の推薦に違いないのだ。 「ちょっとダンクスー!」 待ちわびたトルネイの叫び声。ダンクスは「仕方ない」と漏らすと、小さな家のなかへ入っていった。