ダンクスの言葉通り、道を歩いていくと小さな谷に出る。その手前にはぽつんと小さな倉庫があるのだが、カオリとソフィアがたどり着く頃にはその扉は外されていた。 室内には作業中のデオンがいる。デオンは手に持っていた荷物を床に置き、長い得物を掴んで外に出てくる。 倉庫の前に広げられたシートの上には様々な木箱が並べられていた。モニカ氏の遺品はこれほども多いのだろうか。埃と日焼けでいずれも色がまちまちだった。 「カオリ、あんまり下手に触るんじゃないぞ」 デオンが大声で静止する。カオリは慌てて伸ばしかけていた手を止めた。 デオンの黒い布の服が埃まみれになっている。迂闊に触れれば黴菌(ばいきん)にまみれそうだ。 デオンは手に持っていた細長い布の袋を乱暴に放った。草むらに落ちて何かの振動する音がする。 「もしかして、それって刀ですか?」 「そのようだな。妙な紋様がついているからモニカさんの持ってきた異界の品の可能性もあるな。おそらく対霊用の武器だと思う」 デオンは鬱陶しそうに口髭を掻いた。白い手袋はすでに黒ずんでいる。メルクマンサは小さな村ゆえに地域の繋がりが強い。こうやって地域の活動に協力することも自警団の役目なのである。 カオリはもう一度シートの上に目を向けた。木箱はざっと数十。この量を見ると、日用品もそのまま保存しているのではないだろうか。 「確かモニカさんは魔術関係の道具を集めていらっしゃいましたよね」 ソフィアが神妙な面持ちで口を開いた。魔術関係とはなんの話だろう。いつぞやの背教者よろしく悪魔的な力を持った杖を収集していたのか。 「彼女は幽霊バスターだったのさ。転生前も後もな。魔除けの道具やらなんやらを集めていたんだよ」 なるほど。「下手に触るんじゃない」とはそういう意味か。よく見れば怪しげなものも目に入る。前から3列目、左から2番目には怪しげな甕(かめ)だ。箱詰めでないぶん余計に目を引いてしまう。なかにモンスターの首など入っていないといいのだが。 「デオンさん、あの甕ってなんですか?」 デオンは首を傾げた。 「さあ知らないな。蓋に紙が貼り付けてあったから開けちゃだめなんだろう。まあ後で開けてみるつもりだけど」 「結局開けるんですね」 ソフィアが苦笑する。何があってもいいように他の人間が集まってから確認するということだろう。なかから毒でも出てきたら大騒ぎである。 「それより貼ってあったっていう紙は? 見当たりませんよ」 ソフィアはカオリより前に出て件の甕を見つめている。日本製だろうか。いや、少しデザインが違う。アメリカ出身のゴーストバスターならば持ち物は塩、ペンタグラム、聖水と言ったところか。いや、それではエクソシストである。 「これさ」 デオンはズボンのポケットからクシャクシャになった紙片を取り出した。そして皺をのばして表面をカオリに向けてみせた。そこには見たことのない文字が書かれている。日本語でも英語でも、この世界の文字でもない。カタカナの「サ」の字のように横棒に縦から斜線を引いたようなかたちのそれが目立つ。 ただひとつわかったのは、それがなんらかの霊的な存在を封じ込める札だということである。それが今外れているということは由々しき事態ではあるまいか? 「デオンさん、それって霊符じゃないんですか?」 「霊符ってなんだ?」 「霊的な存在を封じたり、寄せ付けなくするためのアイテムですよ。剥がしちゃうと効果がなくなってしまうんです」 「え?」と言葉を吐き出すなりデオンは目を丸くした。どうやらこの国にはお札を使う習慣がないらしい。 「それって、まずい?」 カオリは素早く2回首を縦に振った。 しかし特におかしなことは起きていないようなので杞憂かもしれない。 カオリは改めて甕に向き直った。それは茶色でつやはない。どこかの国の霊具をモニカさんが収集したのだろうか。ソフィアは変わらずじっと甕を見つめていた。 「ねぇ、カオリさん?」 ソフィアは甕から目を離さずに言った。 「なに?」 「この蓋、震えてませんか?」 カオリが返事を返す前に、それははっきりと起こった。 甕の蓋がぐらついたのだ。すっぽりとはまっていると思われた甕の蓋が下から突き上げられるように僅かに飛び上がり、左右に揺れた。揺れるということはつまり、甕が開きつつあるということだ。 何十年も封じられていた甕。なかに生き物が入っているわけがない。 とっさの思惟を切り裂くように、次の瞬間には甕が煙を吐き出し始めた。