森の木々はアーチを描くように、奥深くへソフィアたちを誘(いざな)っている。そしてその先にはこの森で最も大きな池があり、その周辺が広場となっていた。 何度見ても美しい風景だった。 木々がぐるりを囲み、空にさらされる真上の口からだけ日の光が差し込んでくる。そして光の落ちるもとに色とりどりの花が咲き、その一帯の周りを水源が囲んでいた。 「何もいないな」 ダンクスがつぶやく。 「これだけ広いですから、草葉の裏に隠れているかもしれませんよ」 「そんなもんかねぇ」 足元に生い茂る草がクッションとなるため、小さなものならば隠れていてもおかしくはない。それこそ四足歩行の生き物が身を伏せていればである。 ダンクスが渋々広場を囲う木々に沿って調べ始める。ソフィアも遅れないように真ん前の花畑へと進んでいく。 水辺ということもあるのだろう。一歩あるくごとに瑞々しい緑の匂いが漂ってきた。 そんな満悦な気持ちが突如吹き飛んでしまったのは、ソフィアの勘が当たっていることに本人が気づいたためである。 花の咲く光のなかに、少女が倒れている。最初ソフィアは見間違いかと思った。しかし背の高い木々たちに切り取られた光が、階(きざはし)のように天から降り注いでいるために、その少女は空から落ちてきた天使のようにも見えた。 少女は瞼を閉じて仰向けに倒れている。 歳はソフィアと変わらない。しかし黄色い肩までの髪は美しく艶があり、整った鼻梁(びりょう)に柔らかそうな頬、そして愛らしい口元と、非の打ちどころのない美少女であった。 長い睫毛の目元には幼さが垣間見られ、裾の短い刺繍のワンピースからは細木の枝のように四肢が伸びていた。 「おいソフィア、なにかいたか?」 数秒の間、ソフィアは自分が彼女に見とれていることに気づかなかった。花々に囲まれているために、彼女は昼寝をしている木の精霊かと思い始めていた。 「あ、はい! ここに女の子が倒れています。息はあるのでおそらく眠っているだけかと」 ダンクスが駆けつけてくる。ソフィアの傍にひざまずくと、少女を訝しそうな顔で見眇(みすが)めていた。 こんな美しい少女を目にすれば、男ならばみんな言うことを聞いてしまいそうだ。なぜかソフィアは不愉快になった。 「子供か? 見かけない顔だな」 「私と同じぐらいの年齢に見えますね。きれいな子です」 「そうか?」 「はい、どう見ても」 「お前さんの方が美人だと思うが」 「えっ……あっ……その、わ、私なんて……その」 ソフィアはなにが起こったのかわからず顔が熱くなった。人は予想もしないことが起こると顔が赤くなるのだろうか。わからない。 「起こしてみるか。…………おい、ソフィア!」 「はっ、はい!」 ソフィアは言葉のまま少女の肩に手をのせる。 「あ、あの起……」 「ガロロロロロロ…………」 返事は予想だにしない声だった。 冷たい、いや、無機質な鳴き声が背後から響いた。一瞬にして過去の記憶のページが捲(まく)れていくが、その鳴き声の主には記憶がない。 音の発信源は先ほど入ってきた緑のアーチの出口だった。 振り返ると、だらしなさそうに両腕をカタカタと動かしているモンスターがいた。鱗に覆われた灰色で細身の体、感情の浮かんでこない瞳、牙の生えた大きく尖った口元からは汚く涎が滴っている。 「先輩、このモンスターって」 「リザードマンだ。いつか王国の騎士団と一緒に戦ったことがある」 今度は獰猛そうに息を漏らして、右手に持った剣をこちらへ構えてきた。 左手には木製の盾も握っている。リザードマンの生態には詳しくないが、装備を思えば知能も低くないのではないだろうか。 「あの姿勢からするに狙ってるのは俺たちか、この子か」 ダンクスが立ち上がって一歩前へ出た。ソフィアもそれに続いて腰を上げようとするが、ダンクスが制する。 「まあ、十中八九狙ってるのはこの子だろうが、そうでないにせよ一番危険なのは寝ている無防備な人間であることに違いはない。お前はこの子を頼む。必要なら叩き起こせ」 「はい。ですが私も手伝います」 ダンクスが小さく溜め息をつく。 「大丈夫だ。こいつらはそんなに知能がない。膂力(りょりょく)はあってもこの武具の構えじゃたかが知れてるさ」 ダンクスが戦斧の柄を肩にかけた。 この人は強い。万に一つも負けはないだろう。しかし……。 「本当に問題なのはこいつらが外道魔術者に使役されてるパターンだな。実際にこういうケースはままあるらしい。数がいて、それなりの強さが担保される上に洗脳が容易。そうなるとこいつが一匹だけで放たれている可能性は低い。俺の杞憂ならいいんだがな」 リザードマンは常世の闇を這いずるような低い唸り声を放ちながらこちらへ向かってくる。 一方のダンクスは敵を睨みつけたまま微動だにしない。 「仕方ない、やるか」