「ガロロロロロロ!」 リザードマンは天を仰いで開戦の雄叫びを上げた。そして剣を真一文字に構えてダンクスに襲いかかってくる。 斬りかかった細い剣は甲高い音をたててダンクスの斧に弾き返される。衝撃で後ずさるが、すぐさま左手に持った盾で防御の姿勢を取る。 「おいおい防御する時は敵の動きを見通せよ」 ダンクスは戦斧が勢いづくように身体を1回転させて、リザードマンの腰部に刃を叩きつけた。 黒い残像が素早く魔物の身体を突き抜けて、醜悪な爬虫類の上半身を吹き飛ばす。 断末魔の叫び声が止む頃になると、宙を舞った剣がソフィアの近くの草原に落下してきて突き刺った。 「たわいもないな」 「先輩! まだいます!」 「ちいっ! やっぱりまだ出てくるか」 仲間の死がスイッチであったかのように新たなリザードマンが姿を現す。精霊の住むという聖なる森の木々の合間から、暴力性と嗜虐性の化身が1体、また1体とその正体を顕現させる。 「木の陰に隠れていたとはな」 聖域を蹂躙(じゅうりん)する邪悪なる意思を断ち切るべく、ダンクスは今度は自分から距離を詰めていく。 重量級の得物を構えながらも一歩、二歩とスピードを上げるのは、彼の持つ風魔法の素養が関係している。 ダンクスは魔法を得意としておらず、唯一体得できたのが攻撃スピードを上げるこの術だった。実質は斧を用いた物理攻撃のため、これを魔法と呼ぶのもおかしいのだが、得意不得意のはっきりしている彼らしい合理的な戦術だとは言えるだろう。なお、詠唱にほぼ時間がかからない代わりに魔法の効果にも持続性はない。 ダンクスは最前列のリザードマンに斬りかかった。どこで拾ってきたかもわからないなまくら剣は、受け太刀も叶わぬままくの字に折れ曲がる。体勢を崩したモンスターに返しの刃が襲いかかる。虚しい切断音を残して魔物の首が飛んだ。 相変わらず豪快な戦い方である。彼がついてきてくれてよかったと切に思うソフィアである。 ソフィアは旗色が鮮明になったところで眠り姫を見やる。 「ううん……」 ちょうど少女は目を覚ましかけていた。魔物との交戦中であることを思うとどこか間抜けに見えてしまう。 少女は目を見開く。案の定、瞳も赤みを帯びた美しいそれだった。彼女は上半身を上げてぐうっと両手を伸ばす。 「あれれ、私なんで外で寝てるんだろう?」 声は幼く、少し高め。おとなの女性らしさが滲んだ面差しと、細い体に不釣り合いな胸のふくらみがなければまだ十歳過ぎの子供のようなあどけなさ、無防備さを感じ得ない。 きょろきょろと彼女の目が動く。彼女が木の精霊でなければ、お酒を飲んで酔ったまま森に迷い込んだのだろうか。 「お気づきになられましたか?」 ソフィアは痺れを切らして尋ねた。 少女はようやくこちらの存在に気づいたらしい。ソフィアをその目にし、ニ、三と瞬(まばた)きを繰り返した。 「え? あ、あの、その……アイキャントスピークイングリッシュ」 「はい?」 ためらいがちに意味の取れない言葉を発する少女。やはり彼女は精霊なのだろうか。 「えっ? あれ、でもあなた今“お気づきになられた?”って言ったよね。あなたどうしてそんなに日本語流暢(りゅうちょう)なの? ハーフ?」 要領を得ない。これは一体どういうことなのか。 しかし熟考の暇も必要もなかった。ソフィアには覚えがある。 「もしかして、あなたは転生者なのでしょうか? アメリカという国をご存じではないですか?」 「転生者って、あのアニメの? アメリカって、知らないわけないでしょ。ここアメリカなの?」 ソフィアは目が点になった。右耳が拾う剣戟(けんげき)の音が嘘のように牧歌的なやり取りである。 「アニメとは、もしかして魔法人形を傀儡(かいらい)とする魔術のことでしょうか?」 なお、正しくはアニメートである。 「ううん、そうじゃなくて…………あっ、ちょっと待ってあれなに! あれなに!」 少女はソフィアの後ろで戦うダンクスの姿を震える指で指し示している。 やはり、転生者か。この界隈で転生者が確認されたのは何十年ぶりだろうか。 「あれはリザードマンと言われるモンスターですよ。爬虫類がみんな我々の敵とは限りませんが、あの感じですと友好的とは思えません」 少女の叫び声に戦闘中のダンクスが振り向いた。 ダンクスは親指を立てて見せただけで何も言わずに戦いに戻る。 「あの人はダンクスさん、この村の自警団の一員です。私はソフィア。あの人の後輩にあたります。あなたのお名前は?」 「……カオリ、カオリです。杵崎花織」 ちょうどそのころ、ダンクスが最後の一匹に唐竹割りを決めて真っ二つにしたところであった。 カオリは多少の身じろぎを見せたが、血飛沫が派手に飛び散る相手ではなかったためか、大きく狼狽することはなかった。 このわけがわからなくなっている様を見れば、彼女ーーカオリがこの世界の住民でないことは容易に想像がつく。 これはなにかの思し召しなのか。 緩慢な動作で斧を手元に戻したダンクスは、こちらを振り返って笑みを見せようとした。 しかし瞬時に険阻な表情を見せてこちらへ向かって走ってくる。 「先輩?」 「ソフィア! 気をつけろ! 後ろだ!」