木の盾に続けざまに斬撃に似た振動が加わってくる。左上部が砕け、木の破片が散った。 相手の魔法は風属性。これほどの連続攻撃にこの盾を用いたことはない。もつのだろうか? 「カオリさん!」 背後からソフィアの声が聞こえる。 「お願い! 今は攻撃に集中して! ここは私が抑える」 カオリは叫んだ。 風の振動は弱まり始めている。しかし大きな陥没の音がして盾に小さな風穴が開いてしまった。小さな隙間から吹き込んだ風の刃がカオリの腰を掠める。 「いやっ!」 「大丈夫ですか!」 ソフィアが心配そうに声を漏らす。だが痛みはない。 「なんでもない! 掠っただけだから!」 よく見ると道着に布切りバサミを入れたような真っ直ぐな切り口がついている。幸い肌には当たらなかったが、まともに食らえばどうなっていたことか。 風の唸りが止まり、カオリはボロボロになった盾を放った。 魔人は何事もなかったように佇んでいる。 カオリが立ち位置をずらし、ソフィアと魔人の間を塞ぐものがなくなった。 それを合図と言わんばかりにソフィアが人差し指と中指を結び、流線型を描いて最後の詠唱を終える。 氷のリングは巨大化し、結節点で途切れて真一文字に並んだ。そしてソフィアの指が真上に向くなり急上昇し、瞬く間に魔人の頭上を捉えた。 「アイシクルダウン!」 ソフィアが2本の指を地面へ向けて傾ける。すると連なった巨大な氷柱たちが次々と落下して魔人の体を貫いた。 「ウオオオオオオオオッッ!!」 唸り声を上げて苦しむ魔人。地に落ちた氷柱たちに大地が鳴動した。 ところどころを穿たれた体はすぐさま修復されて原型へと戻っていくが、ダメージのせいか煙の色は僅かに白くなっている。 「すごいソフィア!」 カオリは思わず感嘆した。これほどの魔法が使えるならば弓を使わなくても自警団の戦力になれるのではないか? しかしソフィアの消費は激しいようで、すでに肩で息をしていた。 「いえ、あまり魔法は得意ではないので」 やはり本職のエレーナのようにはいかない。ソフィアが亜麻色の髪を払うと、額に汗が滲んでいた。 どうすればいい? カオリは魔人を睨んだ。たまたま魔人の視線がこちらを向き、ちょうど睨み合うかたちとなる。 カオリに魔法の心得はない。対霊武器を持っていたとしても上空では攻撃する術がなかった。 「お前の能力でなんとかならないか?」 デオンの声が聞こえる。 デオンは九印を結ぶように組み合わせた指を動かし、閃光ととも魔力を解き放つ。すると快晴の昼下がりに突如稲妻の音が轟いた。魔人の真上から電撃が突き刺さり、地面で弾かれて爆炎の花を咲かせる。 衝撃で一瞬魔人の像が揺らいだ。これは雷属性の初級魔法である。 「くっ、俺の魔力じゃ所詮この程度か」 デオンが自嘲気味に呟いた。確かに見た目ほどにダメージはないようだ。 わかっている。デオンが時間を稼いでくれていることも。 ソフィアもデオンも慣れない魔法のせいで疲弊している。一体どうすれば? カオリは周囲を見渡した。芝生に力を込めて成長を促進すれば? いや、もともと長く伸びるに適さない植物では、魔人に届く長さになるまでに逃げられてしまう。 崖に生える木はどうだろう。カオリの放った蔓はまだ幹に結びついている。しかし中間地点上空にいる魔人の真下を通るのには危険が伴う。 見上げれば魔人はゆらりゆらりと宙に浮いている。しかし突然上半身を屈めると、両腕を震えさせた。両腕の煙の動きが激しさを増し、その輪郭が不明瞭となっていく。 やがて全身がオーラを放ち、その時になって初めてカオリは気がついた。これは力を溜めているのだと。 「なんかヤバそうじゃねぇか?」 デオンが右腕を前に出し、顔を引きつらせた。どうやら考えることは同じらしい。 「ええ、たぶんあれも魔法の一種なんだと思います」 「ちょっと待って、だとすれば今までで一番ヤバそうじゃない?」 先ほどの風の刃でもかなりの威力だった。苛烈な風魔法を防ぐ手立てはあるのか? 再び周囲を見回すが、やはり遮蔽物になりそうなものはない。しかし思考はそこまでだった。暴力的な風の音が唸りを上げ始めたのだ。 魔人のオーラはその体を溶解させるように四方八方へ伸びていく。そして大きな煙の塊は砂埃を孕んだ竜巻のように汚れた色の大渦へと変わった。 「化け物が竜巻になったぞ!」 「あれは風属性のファリアスストームです。自身の身体に魔法を纏(まと)うなんて」 獰猛な肉食動物の咆哮のようだ。低い強風の音が渓谷に谺し、カオリの足を竦(すく)ませる。 「逃げろ! 吹き飛ばされる!」 デオンの声とともに三人は走り出した。しかし竜巻と化した魔人はさらに勢力を増した。迸出(へいしゅつ)した新たな空気の渦が一面の景色を歪ませながらこちらに突き進んでくる。 「うわああああぁぁぁー!!」 不可視の力に体が浮遊する。デオンの悲鳴とともに三人は風圧の洪水に呑まれた。