カオリは風の収束とともに草原に落下した。 素早く身を起こして周囲を確認するが、ソフィアもデオンも見当たらない。きっと村の方まで飛ばされてしまったのだろう。あの魔法自体にダメージはあまりないため、おそらくかれらは無事なはずだ。 突如吹き上がった嵐に通り道となった芝が舞い上がり、今も宙を舞っている。運良くモニカの遺品たちは直接巻き込まれなかったが、すでにあちこちに木箱が飛び散っており、胡乱な姿の魔具たちを外気に曝している。 カオリは再び放った蔓を枯れ木に結びつけたため、流れに乗ってなんとかその場に残ることができた。 しかし見上げれば元の姿に戻った魔人がこちらを睥睨している。結局解決などしていなかったのだ。 飛ばされたかれらが自警団の仲間を呼んできてくれるだろうか。ダンクスたちならこの魔人も退治してくれそうなのだが。 ふと俯くと、近くにある植物が目に入った。 なんだろうか? それは僅か20センチほどの大きさで薔薇のように茎に棘があった。嵐の奔流に呑まれなかったとはいえ、ここまで原型をとどめているなんて。花こそ咲かせてはいないが、この力を得られれば鞭にもなりそうだ。 カオリは大きく息を吸い込んだ。 ……この子に賭けるしかない。 カオリは数メートル先のその植物に駆け寄ると、優しく頭頂の葉に触れてありったけの念を送り込んだ。 3秒もしないうちにカオリの胸元を過ぎ、ジャックと豆の木のように巨大なそれへと変化していく。 ある程度の高さまで伸びると、カオリは茎に抱きついて成長を待った。 何が起こったのかわからず魔人は困惑の表情を見せている。 本当に強い植物だ。僅かな時間で一昔前のSF映画のモンスターのように化け物じみてしまった。ドリアードにもらった力はここまで成長しているのだ。 ほどなく村を囲む木々に並ぶほどの高さまで到達した。谷の向こうに栄える町がなんとか視認できる。魔人のいるところまで後少し。 カオリは棘に細心の注意を払い、近くに伸びた葉へと移動する。もうすでに葉も数メートル級である。帯刀に手を伸ばすと目一杯手を伸ばし、刀を魔人へと向ける。 やがてその植物は日の光に追従して傾き始めた。急成長に逃げそびれた魔人を射程圏内に収めている。……いや、逃げそびれたのではない。逃げられないのだ。 モニカがゴーストハンターだったならば、当然この村を守るために尽力したはずだ。なぜなら優秀な魔法使いのいないこの村に幽霊が出現すれば危機的な状況に陥ることは明らかだからだ。ならば最大限の効果を生み出す対策法……それは結界を張ること。日本にせよ海外にせよ、霊能者の世界では常套手段として用いられている。こちらの世界にあっても不思議ではないのだ。 なぜ空を無窮自在に飛び回れるものがこの状況にあって離脱しないのか。答えは簡単だ。ここが村の外れ、つまり結界の最も外側だからだ。 カオリの握った刀が魔人の脇腹に到達した。切り口が紫に光って魔人は悲鳴を上げて苦しみ始めた。 「うわ、すごく効いてる」 対霊能力がどのようなものか、その性質まではわからない。だが火の魔物には水、土の魔物には風。弱点を突くことが勝利の鉄則である。 近未来の植物兵器はさらに伸び続け、苦しみに悶える魔人の位置すらも越えていった。魔人は顔を顰(しか)め、天を仰いで悶えている。 「呆気ないけど、これで終わらせる」 カオリは刀を真上に構えると、息を整えてその葉から飛び降りた。 狙うは魔人の頭部。 「行っけーっ! 唐竹割り!」 岩石に飛び乗るように落下した。上向いた魔人の額に鋒が到達する。 それは霞を斬るように手応えがないものと思われた。しかし剣尖が食い込むなり刀身の近くで小さな爆発が起こった。2度、3度。分かたれた魔人の身体の斬り口で次々と小さな光が発生し、断末魔の叫びと共に破裂音が鳴り止まない。 「グアアァァァァァァァ!!!」 カオリは低い位置にあった葉に飛び降りると、天を仰いで行く末を見守った。魔人は首元を抑えて苦しんでいる。どうやらもう戦う余力は残っていないらしい。 煙の大男は段々と白い光を帯び始めた。そしてテレビの砂嵐のようにザラついた光になると、その身体を湾曲させてやがて一つの次元へと回帰していった。