マヌガス・フィーロー。エンヴリマにおいて蜂起した背教者のひとりだ。首謀者ヒュルゲン・ロマンサーはすでに捕らえられているが、かれらが持ち出したとされる数振りの杖は危険極まりないものばかりである。 マヌガスの瞳は遠方から見てもはっきりわかるほど動揺に揺れていた。 悪魔がスィメアエリアに? 俄には信じ難い。 聖騎士のアリーファは口元に指をあてた。敬虔な宗教者である父に育てられたアリーファにとって、またセフィロト教団に所属する聖騎士として、悪魔とは最も忌むべき存在である。 スィメアはその領土の多くを山林が占めている。当然他の国と比べれば人口は少ないし、奸計の悪魔たちがこぞって寄ってくるような場所でもない。 だがマヌガスの震える瞳には信じさせる何かがあった。重い処罰が待ち受けていると分かっていて、なぜ王国の騎士に助けを求めに行ったのか。 ついに本格的な悪魔との戦いが始まろうとしている。握る剣の柄に汗が滲んだ。 陰鬱な雨はだんだんと弱まり始めている。 遠くからはスィメア騎士団の男がこちらを窺っているのがわかる。王国の騎士と聖騎士では主君も決まりも何もかもが違う。教団に絡む事件となると関わりづらいのも事実だろう。 一陣の風が吹き、アリーファの長い髪が揺れた。風の行き先を振り返ると、遠くの草むらが震えるのがわかる。 それは風に唆された草木のざわめきではなかった。暗がりの奥に何かがいるのだ。 村人だろうか? アリーファは帯刀に手を添えたまま、草むらへと近づいていく。