迂闊(うかつ)だった。この広場の奥にも道は続いている。 そう、その先にいたのはリザードマン2体である。 そのうちの片割れは他よりも身体が大きく、銀の兜と鎧を身につけている。いわゆるボスであろう。 身構えるには充分な距離だったが、丸腰のカオリを守りながら戦うには不利な位置取りに思える。 倒せるのかしら? ソフィアは弦を引いてボスに狙いを定める。歩行スピードは隣の個体と同等。ならば強敵に先にダメージを与えるべし。 灰色の頭部へと矢を射る。鉄製の矢は瞬速で空を突き抜けて歩行する爬虫類へと向かう。リザードマンは外見に共通点の多いドラゴニュートとは違う。うまく収まっていない兜の隙を突いて頭部を貫けば一撃で仕留められるはずだ。 しかし対象は僅かに顔を屈めて角(つの)へとぶつかった。角がかけただけではさしてダメージはない。痛みに呻(うめ)き声を上げてひと通り苦しみを表現すると、再びこちらへ突進してくる。 だが先に辿り着いたのはもう一体の個体だった。標的はカオリ。カオリは冷静に立ち上がると後ろへ下がろうとする。 リザードマンの攻撃。古びた剣のひと振りをソフィアが弓で止めた。 強い。振動が弓身に伝わって敵の腕力の強さを知る。 やはりまだ自分は弱い。圧倒的な戦闘経験不足である。防具が盾だけの弱い個体を足止めしておくのが正解だったのだ。 「ガロロロロロロ」 リザードマンは左手に持った木の盾を振り払い、爪で以てソフィアの肩口を引き裂く。 「きゃあっ!」 チュニックの右肩部は三爪のかたちに引きちぎれて血が吹き出した。 激しい痛み。体中が鋭利な武器のようだ。 「ソフィアっ!」 「ソフィアちゃん!」 鍔迫り合いが崩れてリザードマンの剣がソフィアに振り下ろされる。 ごめんなさい、ダンクスさん……。 しかし目を閉じかけたソフィアの前に白い影が飛び込んできて攻撃を弾き返した。何が起こった? 眼前に揺れる黄色く美しい髪の揺れ。 まさか……。 「カオリ……さん……?」 カオリはすでに倒されたリザードマンの剣を持って攻撃を受け止めていた。そうか、さっき近くまで飛んできた剣を拾っていたのだ。 「ソフィアちゃん逃げてっ!」 カオリは僅かに体をかがめるとリザードマンに向かって体当たりで姿勢を崩させた。あんなに細い体で敵の構えを突き崩すなんて。 「ええーいっ!」 カオリは最小の一歩で攻撃を繰り出す。渾身の諸手の刃がリザードマンの喉元を貫いた。一瞬で命を奪われたのか、なんの抵抗もなく身体が真一文字に地面へと落ちた。 衝撃で差し刃となった刀身が震え、やがて収まる。 「無事かソフィア!」 肩口を押さえて立ち止まっていたソフィアにダンクスが駆け寄る。何もかもが一瞬の出来事だった。 「はい、足手まといですみません、先輩。私より、早く最後の一体を」 ソフィアはリザードマンのボスを指差す。今にも飛びかかってきそうな距離だった。しかしカオリの神速の剣を見て気圧されたのか、動きに迷いが見て取れる。 ダンクスの目に怒りが灯っていた。 すみません、私のせいで……。 最後のリザードマンはようやく決心がついたらしくカオリに向かって斬りかかろうとした。体も小さく防具も着ていないカオリを狙うのはやはり当然か。 「お前の相手はこの俺だっ!」 ダンクスはカオリと敵の間に割って入った。右手をぐんと伸ばして戦斧を真横に構える。 やがて斧は魔力を帯びて白く光を放ち始めた。 「勇猛なる獅子よ、立ちはだかる敵を屠る屈強の力を授けよ! はあああああっ!」 ダンクスは風をまとって高く飛び上がった。白い波状が草木を揺らしながら数メートルの跳躍。動きが頂点に来ると、そのまま斜めに急降下してリザードマンに飛びかかる。白い衝撃波は鬣(たてがみ)をなびかせた獅子のように風圧を飛ばし、今牙を剥いた。 「ストルツレーヴェ!」 掛け声とともに斧が鎧に直撃した。爆音と衝撃で防具は粉々に砕け散り、鉄片があちこちへと飛散する。それでも勢いを止められなかった斧は、敵の腹部すらも切り裂いて大地へと突き刺さる。 リザードマンは断末魔の叫びをあげることもなく息絶えた。ただ、兜が虚しく転がりゆく音だけが響いていた。