「こっちがカオリの部屋だ」 ダンクスが指差したのは2階の一番階段から遠い部屋だった。カオリはその言葉に従い廊下の突き当たりまで歩いていく。そこには窓があり、近くの人家の屋根がなんとか見渡せる高さだった。 今いるのはいわゆる宿屋である。建物は3階建てでどちらかと言えば古びたホテルを思わせる。メルクマンサではこれほど大きな建物にお目にかかることはないし、さすがは王都といったところだろう。 ただひと昔前の日本なら木造3階建ては建築法的にギリギリの高さだ。火事があればただでは済みそうにない。 振り返ると下の階から登ってきたソフィアがいた。階段の途中からダンクスが荷物運びを手伝ったらしく、彼の肩には彼女の荷袋がかけられている。 「カオリの部屋の隣がソフィア、そしてソフィアの部屋の通路を挟んだ隣側が俺の部屋。覚えたか?」 カオリが頷くとダンクスは続けた。 「この宿は俺たち自警団に限らず地方から来た人間の御用達なんだ。かつては高級路線だったが、建物の老朽化と競合する宿の登場ですっかり落ちぶれてしまった」 なるほど道理で立派な建物なわけである。土地の融通に困っているようには見えないのに、建物を高層化する理由は見当たらない。 「しかし庶民旅行者向け商売に方向転換してからはそれなりの儲けが出ているらしい。施設はボロいがまんざらでもない。飯は不味いが」 「ダンクスさん!」 ソフィアが口元に人差し指を当てて辺りを見渡している。しかしまだ昼過ぎということもあり、周囲に人影はなく、客室からも物音は聞こえない。取りあえず素泊まり前提のビジネスホテルのように捉えておくべきらしい。 ダンクスは頭を掻くと、「それじゃあ」と続けた。 「俺は少しだけ用事で出てくる。お前らはその間自由にしていてくれ」 「用事……ですか?」 カオリは首を傾げた。そんな話は聞いていなかったように思うが。 階段に向けて歩き始めていたダンクスは一瞬歩を止めて呟く。 「お前のファンに呼ばれているのさ」