水面につま先をつけ、そのまま深い湯船にゆっくりと身体を下ろしていく。 「ふーっ……」 エレーナは深く息を吐いた。 温かい湯に浸かると疲れが滲み出ていくようで身体が楽になる。浴槽の縁に腕を乗せてそこに顔をうずめると、一気に眠気が押し寄せてきた。 「気持ちいい……」 水面が光を反射してキラキラ輝いていた。 ここは王都のメイン通りにある宿屋だった。老朽化しても入浴施設はまだ立派なため、日帰り入浴として日常的に使用している。特に深更に及ぶ任務のあとは確実に訪れている。まだ昼間ゆえ髪の毛ひとつ浮いていない湯面、湯気で空間を奥まで見通せないほど広い浴室、男女別で気兼ねなく利用できるのもポイントだ。 昨夜は夜通し禁呪の杖を探し回っていた。しかし捜索は捗々しくない。ウィクルト平原は見通しこそいいが広範囲であり、人海戦術でも件の悪魔を見つけるには限界があった。 エレーナは長い髪を自身の指で梳いて再び吐息を漏らした。生真面目なマックレアではないが、今回の任務は手を抜けるほど甘いものではなかった。それゆえ息が詰まってしまう。こうしてひとりでいられる時間、一糸纏わぬ解放感を享受することでしか自分を癒やすことはできない。……はずだった。 ガラガラガラ。 ドアの開く音に続き、ふたり分の足音が聞こえてくる。 「ソフィアちょっと待ってよー」 どこかで聞いたことのある声だった。エレーナはなぜか心がざわつくのを感じた。 「髪はそのままでいいですよー。気にしないでください」 濃くこもった湯気の奥にだんだんと人影が近づいてくる。亜麻色の髪と黄色のそれ。おぼろげだが、どちらもエレーナと歳の変わらない若い娘に見える。そしてその組み合わせには既視感があった。 残念だがここは公衆浴場だ。いつだってひとり貸し切りと言うわけにはいかない。最後の自由を貪るように両脚を動かしてバシャバシャと音をたてた。 前を歩く亜麻色の髪の乙女は歩き方がぎこちない。あれが記憶のなかの彼女本人ならばよく見えていないゆえの慎重歩行なのだろう。浴槽とは違う明後日の方向へ歩いていく。 「きゃっ!」 エレーナは無意識に身体を起こしていた。案の定と言うべきか。先を歩いていた少女がタイルで足を滑らせたのだ。しかし転倒すると思いきや後ろを歩いていた少女に抱きかかえられ、なんとか難を逃れた。 「すっ! すみませんカオリさん!」 カオリ……。やはりか。 エレーナは溜め息を漏らした。マックレアが近くメルクマンサ一行の来訪があることを告げていた。あの男が嬉々としている理由などひとつしかない。 「こういうところってどうしても目が慣れなくて」 ソフィアと呼ばれた少女は、自分を抱きかかえた少女の肩から左手を滑らせていく。そして手のひらが少女のかたちのいいバストに触れると、警戒するようにそれを揉み始めた。柔らかく豊かなふくらみに食い込む細い指。誰と比較するわけでもないが、それは業腹なほど大きい。 突然のことにカオリがびくんと身を震わせると、少女は首を傾げていた。 「ソフィア、どこ触ってるの?」 カオリが顔を赤らめる。 「いえ、こんなところにボールがあって。おかしいですね。私疲れてますかね」 「それ私の胸なんだけど」 ソフィアが身体をびくつかせ、手を止めた。マックレアが見ていたら卒倒しかねないシーンである。 「えっ? あっ! すっ、すみません!」 ソフィアは裸体を隠すように自身の胸を抱いて屈みこんだ。そのリアクションの滑稽さに思わず吹き込んでしまう。隠すのは自分の身体なのか。 その声に気付いたようで、カオリがこちらに視線を向けた。どうやらあちらも気づいたらしい。 「あ、ねぇソフィア。あっちに髪の長い女の子がいるよ。どこかで見たことある気がするけど、見た感じだとまだ子供かな?」 「……」 この女……。 エレーナの右手のひらに赤い光が揺らめいた。