「そうでしたか。大変なんですね」 感動の再会(どの方向に感動したかは触れない)を終えると、エレーナら3人は並んで湯船に浸かっていた。 やはりソフィアは眼鏡がないとほとんどものが見えていないらしい。肩まで湯に浸かったままぼんやり霧を眺めている。 一方のカオリは髪が濡れることを気にしているようで何度も頭髪をまとめ上げる動作を繰り返していた。間近で見て思うが、本当にきれいな身体をしている。女の自分でも思わず見とれてしまうような曲線美である。メルクマンサの自警団に入っていればモンスターと戦うこともあるだろう。肌に傷ひとつないことが不思議でならない。 「悪魔と言ってもピンキリだしね。末端のイタズラ小悪魔ぐらいなら苦労もしないんだけど」 エレーナは湿った髪を右手で梳き、長い毛先まで払っていく。 「そんなこと……あり得ますか? 杖を奪われたアンチセフィロトたちは曲がりなりにもセフィロト教団にいた人々でしょう? 下級悪魔に遅れを取るでしょうか」 「ないわね。おそらく」 それを聞くとソフィアは溜め息をもらした。その反応がいかに真っ当なものかエレーナには痛いほど理解できた。 エレーナは昨夜の出来事についてふたりに話していた。エンヴリマからスィメアへ渡ってきた背教者たちはヒュルデン・ロマンサーの名を引くまでもなく手練揃いだった。彼らから禁呪の杖を奪ったのが悪魔なら、有象無象の雑魚とは到底考えられない。 ひとことで言えば「非常事態」。騎士団が躍起になるのも当然である。 重苦しい空気のなか、再びドアの開閉音が響いてまたもふたりの人影が現れた。どちらも小柄だが、前を歩く青みがかった髪の少女はまだ十代の若者に見える。 「お気をつけくださいエネリス様」 そう口にしたのは後ろの女性だ。 「なにがじゃ?」 なにが「じゃ?」。エレーナは目を見開いた。 「足元にでございます。湿気のために人間の足は滑るのです」 その奇妙な会話内容に3人は顔を見合わせる。 「人間の足」とはどういうことか? 前後の文脈にあって人間に乗り移った悪魔を連想したのはエレーナだけではあるまい。 しかしエレーナの心配もよそに、ふたりは太平楽な会話を展開しながら浴槽に浸かってひと息つき始めた。慎重にその身を湯にさらした後続の女性はともかく、幼い面差しの少女は「なるほど人間たちがこぞって入りたがるという理由もわかるものじゃ」と支離滅裂な台詞を口にしている。 そこでエレーナは気づいた。少女の使用人よろしく腰低く接する女性の正体を。昨夜のドタバタに駆けつけていた聖騎士のなかのひとりだ。黒髪に神秘的な色を讃えた瞳の美女。マックレアが見とれていたためよく覚えている。聖騎士の荘厳な装飾を施した鎧が容姿を大きく見せていたが、素の彼女は華奢で細身だった。カオリもそうだが、とても剣での戦闘に向くようには思われない。 こちらの視線に先に気づいたのは少女の方だ。世俗に頓着していないようだ。非常識な言葉の数々の他に、目の動きも少なかった。そしてエレーナらに視線を向けると一切目をそらさずに声を漏らす。 「ふうむ。先客がおったか」 「公衆浴場でございますので」 黒髪の美女は四角四面な返事を返す。湯気はたっているがお互いを充分に視認できる距離だ。そのやり取りにカオリとソフィアが目を合わせて首を傾げていた。 「こう見ると人間というものも姿かたちがそれぞれなのだな。アリーファよ、なぜあの黄色い髪のおなごはひときわ胸が大きいのだ?」 ピキッ。エレーナの脳裏に妙な音が響いた。カオリは顔を赤らめて目を伏せている。 「主の御心のままでございましょう」 聖騎士たちの主。もちろんセフィロト神のことだ。生きとし生けるものすべては創造神の創り出したものである。 「女の乳房の大きさにまでセフィロト神が手を加えているとは思えぬがな。機能的な側面で言えば女の胸は子に乳をやる以外の使途はなさそうであるが」 エネリスと呼ばれた少女は肩まで湯に浸かって揺れる水面を凝視していた。胸がどうこうと言っているが、彼女のそれはエレーナのものとあまり変わらないサイズだ。……目敏くそれに気づき、比較してしまう自分が虚しい。 「一説では男が女の大きい胸を望むからと言われています。ある意味では男の堕落と言えるでしょう」 アリーファは淡々と言いのけた。余談だが、大きい順に並べればカオリ>>ソフィア≧アリーファ>>エネリス≧エレーナだろうか。 「なるほど、ではあの黄色い髪のおなごは男に求められ、紫の髪の長い女は相手にされていないということか」 「ちょっと!」 「あんた何言ってるの!」 大きな水飛沫がふたつ撥ね、ソフィアの顔面を浚う。破廉恥な言葉の数々にエレーナとカオリが耐えかねて立ち上がっていた。 気持ちエネリス(と呼ばれた少女)の前に出たアリーファ。武器を持てる空間ならばひと悶着あったかもしれない。そのようなことを頭のどこかで考えていたが、公然と辱められては怒りが勝ってしまった。 アリーファを右手で制して、エネリスは黙ってふたりの姿を見つめていた。その視線には悪意がまるきり感じられず、エレーナもカオリも慌てて(胸元を腕で隠しながら)元の体勢へ戻った。本音を言えばカオリと裸のまま横に並ぶことの方が公開処刑である。 「申し訳ありません。エネリス様は人間と直接関わるのが初めてなのです」 アリーファはいつの間にか浴槽に正座しており、水面すれすれまで頭を下げて詫びた。 波の揺れる音だけが空間に響く。 「ちょっと待ってください。人間に直接関わるのが初めて、ですって?」