水色の髪の少女は無垢な瞳をしている。聖騎士アリーファ・ミムゼンによって手厚く身の回りを整えられ、黒いローブを纏った姿となっても、彼女が死神という言には信憑性が感じられなかった。先ほどまでは油断していて気づかなかったが、妙なオーラを纏っていることは感じ取れた。しかしリボンにこの幼い外見では悪い冗談だと思えてしまう。 「すると、お主らもその杖を追っておったというわけか」 カオリは首肯する。死神と言っても彼女自身は神ではない。異世界に来て言葉が通じること自体はすんなり受け入れられた(転生直前に神を名乗るものに出会っていたため)。しかしそれはカオリがもともと使用していた言葉をこちらの世界のそれに翻訳しているに過ぎないらしい。異文化理解の必要性を看過していたらいつまでも世界に馴染めそうにない。 そんな事実に気づく瞬間はいつだって目をぱちくりさせてしまっている。 「ええ。あんな杖が出回っている事実は国民の日常に支障をきたしてしまうわ」 エレーナがタメ口を利いてもエネリスは一向に気にしていない。本人も敬われるという発想がないのだろう。最初に「死神」と聞いた時には自分たちの命を奪いに来たのではないかと恐れ戦(おのの)いたが、地上に現れたのは別の任務のためらしい。死神は創造神とも近しい関係にある神とされる。こちらの世界での死神の伝承はどのようなものなのだろうか。 ……あれ? 今「地上」と言ったけど、死神はどこに住んでいるのだろう。 「まあよい。しかし深入りはせぬことじゃ。この地には多くの血が流れておる。屍人がどれほど甦ってくるかわからんのでな」 「……」 幼い外見と年寄りじみた語りがちぐはぐで、言葉の意味を飲み込むのがワンテンポ遅れてしまうカオリだった。 ここはホテルのソフィアの客室である。カオリ、ソフィアの宿泊組にエレーナ、アリーファ、エネリスの5人が、会話の続きをするために集まっていた。もともとふたり部屋のため、参集するのにも困らない広さである。 カオリ、ソフィア、エレーナ、そしてエネリス、アリーファが左右に位置するベッドにそれぞれ並んで腰掛けていた。 「あ、でもエネリスさんは死神なのですよね。死神の力があれば悪魔も軽く退治できるんじゃないですか?」 カオリが楽観的な思いつきを口にする。刹那窓から差し込む傾き始めた日の光。しかし首を振ったのはエレーナだった。 「あなたねぇ。悪魔以前にゾンビの大群が出てきたら退治どころの話じゃないでしょう」 またソフィアもカオリのワンピースの袖を引っ張り、「どう見てもエネリス様はまだ子供の死神だと思われます」と呟く。 「もちろんエネリス様のお力を借りられるのならば幸甚ですが、そうでなくても我々聖騎士団が対処すべき事案です。みなさまはご安心を」 エレーナは目を瞑って髪の毛先をぐるぐると弄んでいる。「聖騎士たちが勝手にやってくれるなら助かる」が本音なのだろう。しかし立場上そうもいかないから口には出さないようだ。 エレーナはフォーマルな場では「できる人間」として振る舞うが、それ以外では「無駄なことはしたくない」という怠惰な一面も見せがちである。その美貌も手伝い第一印象はすこぶる良いのだが、何度も顔を合わせるとそうはいかない。 「ところでエネリス様。もしよろしければお教えいただきたいのですが、普段からそのような外見をされているのですか?」 ソフィアがまばたきを繰り返しながら口を開く。それはカオリも気になっていたところだった。声も高いし、ロリータ気味のファッションと面差しに至っては深夜アニメにでも出てきそうな容色である。 しかしエネリスは相変わらずの無表情で言葉を発しない。人間とは概念を共有しておらず、言葉の意味が理解できないのだろうか。死神からすれば人間の容姿でいることなど瑣末な問題に過ぎないのかもしれない。 「ああ、これのことか。我々死神は滅多なことで人間に接触することはせん。しかし必要とあらば現実に存在する人間の外見をトレースすることがある。そうじゃな。その場合多くは人間界にて最初に顔を合わせた者に化けるじゃろうか」 エネリスがおもむろに横に伸ばした両腕は、手の半分がローブに隠れて萌え袖になっている。小柄な見た目と高い声は、どこかの少女の外見を真似たもののようだ。 「道理で……」 ソフィアがワンピースの裾に両手を揃えたまま丁寧な所作で肯いた。スィメア国では数々の植物種が生息しており、システレヌという木綿に似た薄手の素材のワンピースが女性用の寝間着として主流となっている。ソフィアが今着用しているシステレヌはナーナイによる特注品だ。純白で美しく(例によって裾が短くなければ)清楚な乙女を思わせる。 カオリもピンクカラーで同じものを作ってもらったことがある。しかしソフィアと同じデザインでは腹部が冷えてしまうのがネックだった。 「よろしければエネリス様が死神であられることはご内密に」 騎士ルックに戻ったアリーファは立ち上がって頭を下げた。断る人間などいるわけがない。死神が突然現れたとなれば屍人の目撃証言と相まって国民に悲劇的な暗示がもたらされるだろう。徒に混乱を招く理由などない。 「エネリス様の名前が必要な場合は便宜上フウラバという姓がある体で通してください」 仮名エネリス・フラウバ。どうしてそこまで私たちに? カオリは単純に疑問に思っていた。エレーナならば任務上アリーファらと関わることもあるだろうが、物見遊山で王都を訪ねているカオリらには関わることはなさそうだと思ったためだ。 しかし事態はすでに大きく進行していた。カオリを除き、その場のすべての人間が気付いていたのかもしれない。これから起こる国家すら揺るがしかねない大事件に。 いや、カオリにも異変の兆候は見えていたはずだった。しかしその前触れは彼女にだけ異質なかたちでもたらされていたため、気付くのに時間を要してしまったのだった。