「ほう。これはなかなかの得物だな」 ダンクスは暗色の柄を握り、刀身を表裏、表裏とひっくり返しては息を飲んだ。室内の照明に白銀が鈍く光る。 「こんなところで素振りしないでくださいよ」 「わかってるさ」 ダンクスはそう言って顎を擦った。返事こそ返しているが視線は手に持った剣から離れない。手練ほど武器にこだわりを見せるのはどこの世界も同じらしい。 「クインオブナイト。夜の女王か。お前さんにぴったりだな」 「どこがですか」 言わんとしている意味はわからなかったが、バカにされている気がしてカオリは口を尖らせた。 王都到着の日の夜。カオリは誰もいなくなったフロント前のテーブルに腰かけていた。両肘をついて手のひらを頬に当てると、無意識に溜め息が漏れる。ゾンビ、背教者、悪魔、死神。目まぐるしい1日の出来事を頭のなかで反芻していたが、やがて64倍速再生の映像メディアのように記憶のフィルムがせわしなく飛び回り始めた。同じ日の出来事とは思えない内容の濃さがカオリの疲労の原因だった。 ソフィアはすでに部屋のベッドのなかだ。アリーファやエネリスとの出会いの後、軽く大通りを歩いて武器を新調した。1日の終わりに再び入浴して互いの背中を流すと、ソフィアはもう立っていることもできなかった。 自分も疲れているはずなのだが、寝付けない。王都探訪で自分の脳が刺激されたことは間違いなくその一因だ。しかし本当の原因は別にある。寝るのが怖いのだ。 考えても仕方のないことがぐるぐると衛星のように周囲を回っている。しかしそれを自分にはどうすることもできない。 そうして無為に時間を過ごすうち、突然宿屋のドアが開いた。姿を表したのは眼光鋭い大柄な男。ダンクス・ランガーハイトその人である。 遅くまで出歩いていたダンクスは入室早々カオリの顔を見つけて「よう」と言いながら手を挙げた。 「どうした?」 「寝つけなくて」 「それか? 昼間買ってきたっていう剣は?」 そして現在に至る。ここまでの経緯は新卒高校生の履歴書よりシンプルだった。そこから続く会話はアリーファ、エネリスらとの出会いについて。死神との邂逅に触れるとさすがのダンクスも面食らっていたが、事態が事態ゆえに珍奇な出来事も受け入れてしまえるようだった。 「悪魔って、やっぱり強いんですか?」 数秒の間隙があった。いつの間にか対面の椅子に腰かけていたダンクスは、ほんのいっとき息を殺して黙っていた。静寂に響いてくる表の足音。夜通し見回りを行っている騎士団たちのそれだろうか。ダンクスの沈黙はすべてを物語っているように思われた。 悪魔とは神の教えに背くものだ。天罰でもって裁かれない存在が生半可な強さのわけがない。 前かがみになって(こちらも)頬杖をついていたダンクスだが、突如姿勢を正して真っ直ぐに向き直った。いつも以上に怒って見える肩は錯覚かなにかなのだろうか。 「さあな。冒険者ギルドの討伐依頼ではあまり見かけないが」 冒険者ギルド。パノプリア大陸各地にあるという冒険者への仕事の依頼仲介施設だ。日本のRPGゲームに出てくるイメージとあまり大きな違いはなく、登録を済ませた冒険者がクエストを受注してモンスターを討伐したりするという。スィメア国にも王都のはずれに1か所あると聞いているが、今回の散策では見つけることはできなかった。 余談だがスィメアエリアのクエストのほとんどはモンスター討伐であり、世界的に見て初心者に厳しいギルドとされている。スィメアは国土のほとんどが森林であり、居住面積が狭く人口も少ない。一方で森林を好むモンスターにとっては楽園なのだ。 「騎士団や聖騎士たちは大丈夫でしょうか?」 「お前さんが気にする必要はないさ。連中の仕事だしな」 ダンクスの声が一際低くなった。 「ですけど」 「気になるならマックレアに頑張れと声でもかけてやれや。昼間もお前に会いに来たんだろ?」 「昼間?」 カオリは頬に人差し指を押し付けて首を横に傾けた。昼間は入浴しているか買い物に出かけているかでほとんど部屋にいなかった。 反応で悟ったらしい。ダンクスはさも難儀そうに視線を窓の向こうにやり、溜め息をついた。窓の外は深い闇に包まれている。暗躍するものたちの存在が頭のどこかにあるためか、メルクマンサよりも暗く感じた。 「まあいいさ。悪魔だかなんだか知らんが、死神様がなんとかしてくれるだろ」 「だといいんですけど」 カオリもつられて溜め息を漏らしていた。話の限りではそれも望めそうにない。これが異世界転生ものの主人公ならば、強くないと言いつつチート級の実力を発揮して危機を脱してくれるのだが。 その後ダンクスはソフィアがどうしているかなど2、3の質問をした。そして「先に寝るぞ」と言って立ち上がると階段へ向かっていった。そのときダンクスが何かを呟いたように思われたが、カオリが振り向いたときにはすでにダンクスの姿はなかった。