この世の終わりか。ふとそんな言葉が口をついて出そうになった。国内最大の平原ウィクルトこそが平和の象徴だと、ザバードは信じて疑わなかった。しかし今は泥と骨で継ぎ接いだ醜悪な化け物たちが席巻し、幼少期から見慣れた風景はどこかへ消え去ってしまっていた。 彼方からだらしなく両腕を垂らして歩いてくる屍人たちは、そのいずれもが眼球を失って眼窩に虚空を浮かび上がらせていた。なかには獣に食われたらしく皮膚の欠損した姿をしているものもある。 美しい緑の芝を夥しいほどの土器色が汚していく。視界から溢れ出るほどの屍人の群れは、ここが生者の世界であることを忘却させるに足る悍しい光景を生み出していた。 「無茶だ! 助けを待つんだ!」 同僚のロランが叫ぶ。絶え間なく響くタキシムの唸り声が言葉すら飲み込みそうになっていた。 「ここで止めなくてどうする! 攻め込まれるぞ!」 劈頭に立つ騎士・ガルファムは剣を大群に向けたまま声を張り上げる。彼の言うことはもっともだった。しかし眼前に迫る大群には到底渡り合える気がしない。 ザバード・スタッツァらが所属するスィメア騎士団第7隊は進軍と前線離脱の選択を迫られていた。応援を呼びに走った仲間もいる。平原に散る騎士団も聖騎士たちもすでに異変に気づいているはずだろう。しかし両翼を広げた鳥が列を成すように、屍人たちは幾重にも隊列を作って迫ってきていた。この彼我の差は一個騎士の勇猛さだけでは覆しようがない。 「だとしても今は無理だ! もう少し引きつけて仲間の到着を待て!」 今度はザバードががなっていた。 誰がこんなことを? 愚問だった。マヌガス・フィーローらの言葉通り、悪魔の仕業なのだ。今、禁呪の杖の力を以て王都に混乱をもたらそうとしている。 死臭が辺り一面を埋め尽くし、意識すれば胃液が上がってくる。口のなかはからからに渇き、破壊の足音が全身を震わせた。怯えている。ザバードが騎士団に入り、初めて味わった感覚だった。 だが……。 負けるわけにはいかない。いつの間にか肚は決まっていた。王国を守ること。それこそがスィメア騎士団の務めだ。今命を賭さずして何になる。ザバードはグラフツァートセイバーを構え、ガルファムの傍まで走っていって大群を睨めつけた。 自家撞着にガルファムは眉を顰める。しかしすぐさま眼前の敵に視線を戻し、臨戦体勢に入った。もう敵との距離はほとんど残されていないのだ。 エレーナ・ミルフレアら魔術師たちの広範囲魔法さえあれば一網打尽にできるかもしれない。ならば到着までの時間を稼ぐ。例え敵に呑まれて圧死することになったとしても、ひとりでも多くの屍人を押し留める。 「行くぞガルファム」 ザバードが剣の刀身を闇の支配する空にかざした。風の魔力が剣を軸にして回転し、竜巻のように渦を巻き始める。それを見てもタキシムたちは進撃をやめなかった。 「わかってるぜ、ザバード。今がその時だ!」 ふたりは呼吸を合わせ、同じタイミングで剣を振り被った。刹那勇ましき雄叫びとともに平原を突撃していく。暗い塊に呑み込まれてふたりの姿が消えそうになると、真横から飛んできた真っ白な光が円柱を描いて第1波のタキシムたちを包み込んだ。