「どこへ行く気ですか?」 どうして目が覚めてしまったのか。思えば最初に聞こえたのはソフィアの声だった。 防具を背負う重い足音が宿屋の廊下に響いた。訳もわからずカオリは上体を起こす。室内も窓の外も真っ暗だ。まだ夜は明けていないことがわかる。 そしてダンクスの声が聞こえた。判然としなかったが、おそらく「ソフィア」との呼名だろう。それを継いでソフィアが続けた。 「昼間はどちらに行かれてたんですか?」 ただならぬ空気を感じ、カオリは寝起きで弛緩した身体のまま立ち上がった。一瞬夫の不倫を諌める妻の絵を連想したが、会話のふたりは夫婦ではない。 なぜか忍び足でドアに向かうと、僅かにドアを開いて耳をそばだてた。なお差し込んだ照明の光がカオリの裸の腕を照らし、慌てて上着を取りに戻ったことも付け加えておく。 「マックレアさんのことは知っています」 ドアはふたりとは逆の方向に開いている。残念ながら会話のさまを目に捉えることはできないようだ。 「ソフィア」 今度ははっきりと聞こえる。ダンクスは他の宿泊客を気にして声を小さくしているようだ。思ったよりもふたりの立ち位置は近いことがわかる。 「俺が自分で協力するって言ったんだ。ゾンビの大群でも襲ってきたら大変だからな。実際ドンピシャだったわけだが」 カオリの寝ぼけた頭が驚きにまみれた。ゾンビの大群? なんの話だろう? 続いてソフィアが息を飲むのがわかった。 「まさか……本当に屍人が?」 「ああ」 カオリの左手に力が入った。思わず廊下に身を乗り出しそうになる。 「……いつごろこちらに近づくんですか?」 ソフィアの声が低くなる。真剣な声色はすでに物事の真偽を見極めている証拠だ。 「近づくも何も王都に向かって来ているんだとよ。放っておけば昼までもたない」 カオリは慌ててクインオブナイトの所在を確認する。昼までもたない? そんなに強力な屍人が出現しているのだろうか? 「なら私も行きます!」 「だが……」 言葉と言葉の間の長さがダンクスの心の迷いを表しているようだ。相も変わらずソフィアに甘い彼のこと、箱入りの娘っ子を危険な戦場に連れ出すことに抵抗があるのだろう。 昨日の昼間ダンクスがどこにいたのかカオリは知らない。しかし話を聞く限りはマックレアと別れた後も騎士団関係者と接触していたようだ。そのときすでに話は進んでいたのだろう。 「黙って寝ていても襲撃を待つだけです。それなら少しでも戦う道を選ぶべきです。そうでしょう?」 それを聞き、カオリはそっとドアを閉じる。慌ててベッドに潜り込むと眠っている振りをした。ソフィアの言い分はもっともだ。この流れならカオリも同行することになるだろう。 しかしカオリの意に反してドアのノック音はいつまで経っても聞こえてこなかった。そしてふたりが階段を駆け下りる音だけが階下から響いてきたのだった。