暗闇に松明の火が揺らめく。間近で放たれる光の秘術に震えるように、儚い輝きが辛抱強く周囲を照らしている。 「大丈夫か!」 ひとりの神官が崩れ落ちる。地面に伏した神官は咳き込み、激しい喘鳴を聞かせていた。身体の限界が来ていることは明白だった。神官たちはざわめき始めている。彼女の術名はホマリー・ライト。まだ若きエルフ族の女性だ。もっとも若いと言ってもアリーファら人間とは年齢の感覚が違うわけだが。 「無理をするな」 副神官長のダルバラン・レシラムが屈んで彼女に手を差し伸べた。 「いえ、同胞だけでなく騎士団のみなさまも前線で戦われています。このぐらいなんともありません」 「しかし!」 ホマリーはやんわりと手を払いのけた。心優しい副神官長は教団内に限らず、地域の信者からも信頼を得ている。そんな彼の手前、神官たちも無理をしたくなってしまうのだ。もちろんそれだけが理由ではない。この戦いは信徒たちに課された「試練」である。誰もがそう信じ戦いに身を投じていた。 ウィクルト平原の主戦場から少し離れた丘陵部。スィメア・セフィロト神殿の面々は進撃する屍人たちを挟撃すべく東西に陣取った。双方から浄化の光を放ち、敵の戦力を大幅に削る作戦である。聖騎士長の判断は早かった。しかし西側に移動した面々はいつまで経っても攻撃を始めなかった。何かトラブルがあったのだろうが、今さら攻撃をやめることなどできない。 「埒が明かんな」 アリーファは思わず振り返った。暗がりにエネリスの姿がある。彼女(死神に性別という概念があるのかわからないが)は変わらず無表情なまま、戦局を見極めていた。 「エネリス様、私もこれから戦陣に向かいます」 アリーファは胸元に手を当て、頭を下げる。 「待て」 アリーファが面を上げると、エネリスが僅かに頭を上げてこちらを見つめていた。神秘的な目の色がどこか不気味だった。 「このまま戦っても多勢に無勢じゃ。元凶を倒す他に勝機はない」 勇敢なる騎士の声が平原から聞こえてくる。相手はまともな武装すらしていないタキシムだが、これだけの数を相手にして全員が無事に済むとは思えない。少数とはいえ、聖騎士の大半も今ごろ泥と腐敗の人形の群れに攻め込んでいるはずだった。 「では……」 「今から直接赴こう。道案内を頼む」 「仰せのままに。ですが……」 アリーファは再び頭を下げると続けた。 「その元凶の悪魔はどこに?」 「決まっておろう」 エネリスは視線をずらし、遠く西の丘陵を睨んでいた。明かりが灯されているのに人の気配がしない。厳密には遠過ぎてそれもわからないのだが、8つ点いていたはずの明かりが今は6つだ。灯し直す時間も惜しいほどの事情があるのだろうか。 「あちらにも神官たちが詰めているはずじゃろう? ではなぜ攻撃を開始しない」 考えられる理由はタキシムの群れがあちら側にも現れ、直接応戦しているから。いや、それはおかしい。非常事態に思考が停止してしまっていた。相手がタキシムである以上、直接乗り込んできたところで浄化の光を放って応戦するのが定石だ。つまり、屍人とは別の何かが西側に攻め込んできた可能性があるわけだ。 「つまり、あちらに元凶の悪魔が?」 エネリスは頷く。 「おそらく神殿の面々の術すら弾き返す相手じゃ。覚悟を決めるんじゃな」 その瞬間だった。周囲の闇よりも更に深い闇が、西の空に柱のように伸びていくのが見えた。それはアリーファの心理を反映した幻覚だったのだろうか。確かめる術はひとつしかなかった。