「ウオオオオオオオオオッ」 そこここから伸びてくる腐食した手、手、手。そのひとつがアリーファの腕を掴み、そのままセイントリリィの刃に真っ二つとなった。吹き飛んだタキシムの上半身が後続の屍人の顔面を直撃し脆く崩れ去った。砂の化け物と戦っているように手応えがない。 アリーファはセイントリリィの刀身を眇めた。不思議なものだ。斬り割いても砂粒がついている程度。しかしその腕には生者と変わらぬ力が籠っている。 まるで肉塊が生み出した樹海のようだ。否、肉塊というにはほとんどが干からびてしまっている。しかし押し合いへし合いになって生者を襲ってくる姿には悍しい感覚ばかりがこみ上げてきた。 視界の左から黒い布が舞い込んでくる。風に煽られたリボンが空中でばたばたと揺れ、オレンジの光を放った鎌が次々と屍人たちを打ち払っていく。 エネリスである。アリーファは彼女を連れて西へ渡るため、可能な限りの最短距離を行くことにした。まだ交戦をしていない後部陣形を真横から突っ切ることになるため、苦戦は必至となるはずだった。しかし……。 「私に任せておけ」 エネリスは目を閉じると、両手を真横に広げてオレンジのオーラを纏い始めた。巻き起こった風に彼女の長い髪が揺れ、徐々に空中に浮かび上がった。そして暗がりに隠れていたように、気づけばその腕に鎌が握られていた。 まさしく死神のそれである。おそらく実体のある武器ではなく、魔力の結晶体だろう。それに触れたものはどうなるのか? 考える間もなく、開眼したエネリスは反り返った刃物を構えて敵陣に飛び込んだ。空中を滑走する獣よりも真っ直ぐに、自身は物体をすり抜けて素早く手前の7体を塵にしてしまった。 その後の動きも圧巻だった。同じ場所をぐるぐると旋回する鳥のように、鎌を持って切りかかっては砂を吹雪のように撒き散らしている。タキシムに声を上げる暇も与えない驚異的なスピードだった。これが死神の力なのだろうか? アリーファは討ち漏らしを斬り割いて続いていくだけである。もちろんそれでもかなりの数がアリーファにまとわりついてきていた。しかし屍人の隊列を横断してこの程度で済むことが不思議だった。 自分の道案内などいったのだろうか? ふと疑問が浮かぶが、エネリスの存在について教会内ではまだ明かしていない。話を煩雑にしたくないというエネリスの希望だった。ならば自分が共に行く他はないのだった。 エネリスがその気になれば屍人の群れなど……。その考えが甘かった。アリーファが一瞥をくれると、平原の遥か彼方にまで不揃いに行進する人影が視界に飛び込んできた。 杖さえ奪い返せればその効力もコントロールできるはずだ。今は元凶を断つ他に勝つ術はない。 気づけばちょうど東西の中間地点まで来ていた。あともう少しだ。 アリーファは剣を天に掲げ主君の名を口にする。 刀身に白い光が灯り光の魔力が満ちみちてきた。 その時だった。 セイントリリィの向こうで巨大な白い光が放たれた。それはアリーファの魔力によるものではない。 「あれは?」 驚きのためか、エネリスも空中で動きを止めた。屍人だけが無関心に歩みを進めている。 それは高く高く、天に届かんばかりの光の柱だった。あまりの神々しさにアリーファには神の御業かと思われた。しかし、その光が放たれたのは教団の仲間が詰めているはずの東の地点だった。複数人の神官が協力して放つ光の波動をも超える驚異的な魔力。あれほどの力を発動できる人間と言えば……。 「まさか……」