周囲が闇夜に染まっている。そうでなければこの異変に誰もがもっと早く気付いただろう。 しかし時はすでに遅かった。魔将のひとりに数えられるアポスタイトは、己の右手にその首を掴んだ神官の生殺与奪の権利を握っていたのだから。いや、その表現は不親切だろうか。すでに彼の周りには神官たちの亡骸が広がっていた。周囲はどす黒い血に染まり、かの者の首もアポスタイトの手によって黝(あおぐろ)い色に染まりつつあった。 「あの世で神とやらによろしくな。聖職者サマよ」 「ふっ、ふざ……かぁ!」 アポスタイトの五指から暗色の光が放たれる。それらかはカーブを描いて神官を捉た。神官は生気の煙を吹き出してそのまま頭を垂れる。 「くだらねぇな」 アポスタイトはさらなる殉職者の遺体を放ると、東側に目をやった。騎士たちの善戦も虚しくまだまだタキシムの行進は続いている。 セフィロト神官たちの秘術で多くの屍人が浄化されてしまった。さらなる絶望のために再び共鳴(ハウリング)を行ってもいいのだが、このまま行っても王都陥落は確実だろう。 その時アポスタイトはこちらに近づく者の足音を聞いた。まだ討ち漏らしがいたのだろうか。これだけ騒がしいと近くに来るまで気づかないようだ。 「こっ! これは……!」 驚きの声を発したのは老齢の男のものだった。近くにあった神官に駆け寄ると、ひざまずいて抱き起こしている。振り落とした杖がカタカタと乾いた音をたてた。 「安心しろ。それだけ血を噴いて無事で済むはずがない」 「貴様が……貴様がやったのかぁぁぁぁぁああーーー!!」 アポスタイトの挑発に男性は怒号を響かせる。左腕に落とした杖を掴むと、立ち上がって白い閃光を出現させた。 光に長い白髪が揺れる。歳は60ほどか。顔面に広がる髭は獣人を思わせ、間を這うようにできた皺と若者のように生気の漲る眼差しがミスマッチだった。 荘厳なデザインの神官服。大層な立場にある人間らしい。 怒髪天を突くように白い光の柱は上空高く昇っていく。 しかしアポスタイトは動じることはない。彼にとってセフィロト教団との対峙は怨嗟を増幅する理由にしかならない。生まれつき呪われた者として自らを排斥し続けたまがい物の聖職者たちは、彼の魔力の糧となるばかりである。 「セフィロト神殿の人間か。安心しろ。俺の前に現れた信者には等しく死を与えてやる。そう……貴様にもだ」 フハハハハハハハッ!!!! 響く高笑い。 アポスタイトも負けじと闇の魔力を顕現させた。右手に暗い色のオーラが燃えるように溢れ出してくる。ローブの奥、デビリッシュのその眼には邪悪な炎に煌めいていた。 「この世に混乱をもたらす悪魔よ。神の名のもとに私が制裁を加えてやる。散っていった同胞の名誉のためにもな! さあ覚悟するがよい!」 「フフフフフフ……フハハハハハッッ!!」 アポスタイトは再び哄笑を聞かせた。彼の身体から迸出する力はさらに激しさを増す。 「やれるものならやってみろ。貴様も今すぐ神とやらのところへ送ってやる」 (第10章 終わり)