神官長が臨戦態勢に入ったその頃……。 スィメア騎士団の面々は変わらず善戦を続けていた。 「あれは……」 無意識に口から言葉が漏れていた。それは何らかの超常現象ではないか。マックレアにはそう思えた。目の前に迫る屍人の数々も充分に異様だったが、天へと昇っていく一際巨大な光の柱には戦いの最中にありながら目を奪われてしまった。 「あんたよそ見してる場合!?」 鼻につく声にマックレアは我に返った。何か熱いものが首元を通り過ぎた。刹那、剣の鍔に食らいついていた屍人の顔面に火の玉が弾ける。それはバチッと音をたてて瞬時に屍人を包み込んだ。メラメラと燃え盛る炎に苦しみもがく影が浮かぶ。やがてタキシムは両腕で顔面を押さえたまま背中から転倒し、粉々になって土と化した。 この魔法。使い手が誰かなど、それこそ「火」を見るよりも明らかである。 「またかエレーナ! 気をつけろ! あと少しずれていたら俺に当たっていただろう!」 マックレアは憂さ晴らしと言わんばかりに剣を振り回す。不必要なほど強い力で殴りかかられタキシムの肋骨が四方八方に飛び散っていく。 「こんな一大事に余計なこと考えてるからよ!」 平常時ならすぐにでも口論が始まっていただろう。しかし敵の隊列はまだまだ続いていた。 こちらの体力はどこまで保つのだろうか? 我々が倒し損ねたものには他の隊が対処してくれているのだろうか? 王都は……王は無事なのだろうか? さまざまな懸念が脳裏を過ぎり、マックレアを思い留まらせたのだった。 大きく飛び跳ねる音。鎧の背部に何かが押し付けられ、嗅ぎ覚えのある香りが鼻孔を擽る。エレーナが背中合わせに立っているのがわかった。 「どこに行っていたんだ。待ちくたびれたぞ」 「こっちも暇じゃないのよ。さあキビキビ働きなさい」 相変わらずの憎まれ口である。しかし王国屈指の術者が背中を預かってくれることは心強い。この女は人間性にこそ難があるが、戦闘における実力は本物なのだ。 「しかしなんなんだあの光は!? あれは光属性の魔法だろう。真上にぶっ放すのは何故だ? 暴発か?」 返事がすぐに返って来なかったため、マックレアは隙を見て背後を振り返る。エレーナの全身が赤い光で揺らぎ、紫の長い髪が風に煽られるように揺れていた。 エレーナの着用するローブの肩口の紋章が赤い光を浴びて怪しく輝いている。その光は赤熱するように攻撃的な色に染まった地面のそれを反射していた。地面はやがて呪術的な紋章を浮かび上がらせ、炎の魔力が今……大地を貫く。 「咎も罪をも贖いし苛烈なる炎! バーニングコート!」 エレーナが指を鳴らすと十字を模した炎が1体のタキシムを串刺しにした。日常生活で用いられる火よりも何段階も明るいそれは、灼熱の舌で全身を舐め尽くしていく。飛び散る炎は周囲の仲間をも襲い、大食の化け物の如くそのものたちを炭と化してしまった。 紅蓮の炎は周囲を照らし、やがてどこからともなく「エレーナさん!」という歓声が聞こえてきた。 「お前たち! 戦いに集中しろ!」 マックレアが叫ぶ。襟を正したのか、周囲で振るわれる武器の音が締まって聞こえ始めた。 まったく……。 マックレアは溜め息を漏らす。厳しい戦地にいながら外見が美しいだけの女の登場でここまで気力が持ち直すとは。 しかし広範囲を巻き込む術が使用できる彼女の登場は、間違いなく希望の光であった。 唯一サンダラスだけは黙々と敵を狩り続けている。その動きはあまりに俊敏で、徒手空拳の人間族には到底到達し得ないスピードだった。 「エレーナさんは俺たちが守ります! だから景気のいいやつをお願いしますよ!」 「わかったわロラン。あんたも油断してたら火だるまにするからね」 エレーナが気怠げな声で応える。生真面目で普段はなかなか相手にされることのないロランは、彼女の口から自分の名前が呼ばれたことだけでも満足そうだった。 「任せてくださいよ!」 ロランは舌を噛みながら筋骨隆々の手腕で3本の矢を番えた。それぞれの矢が赤・青・黄色の光に輝き、間髪容れずに発射されると次々と敵の脆弱な頭蓋を貫いていった。 全弾(矢)命中でロランがガッツポーズを決める。その直後、再び輝く光が西の丘陵に広がった。しかしそれは稲妻の発光のように一瞬の輝きに過ぎなかった。出現と同時に手前の何かに弾き返されたからだ。空へ昇っていくはずの光の波動は、何らかの障壁を前に地面へと返され、その足元を砕き尽くした。 まるで土砂崩れのような爆発的な破砕音がマックレアの耳をついた。跳ね返された光が大地を削り取り、噴出した岩石が周辺に落下していく。その岩ひとつひとつが人間数人分の巨大なものばかりだった。 「今度は何が!?」 測り知れぬほどの力が暗闇のなかで蠢いている。遠く離れたこちらまで響いてきた震動とその余波。 マックレアはエレーナの横顔を盗み見た。その顔には怯えとも驚きとも取れない複雑な表情が浮かんでいた。