清浄なる光は天へ昇り続けていたが、やがて霧のように立ち消えた。しかしそれらは収束するように神官長の身体に流れ込んでいた。 「ウァアアアアアアア!!!」 まるで電流のように彼の身体からエネルギーが放出されている。タキシムが触れれば一瞬で消し飛ぶような鮮烈な光の波動だった。 「威勢だけなら勇者級だな。老いぼれが」 アポスタイトは吐き捨てるように言った。彼の手にかかれば勇者級冒険者でもただでは済まないだろう。 「貴様ァァァァァああ!!」 神官長の右腕から鋭い刃が解き放たれる。身体から吹き出す白いオーラと同じ色だ。神話に登場する高貴なる槍の如く、鋭利で巨大な針がアポスタイトの腹部を狙う。しかしアポスタイトは姿を消した。否、あまりにも速いために瞬間移動したように見えただけだった。 「動かない的なら誰にでも当てられるぞ?」 「何っ!?」 黒い残像が一箇所で形を結び、やがて神官長の眼前にアポスタイトが現れた。 「くっ……!」 アポスタイトが共鳴の杖を振るった。神官長が自身の杖で応戦するも、強度の差は歴然だった。木製の杖はひび割れて下部が砕け散ってしまう。 神官長はすかさず光の刃で反撃する。彼の手が前方に向けられると全身から無数の輝きが発射された。しかしこちらも無駄だった。アポスタイトが杖をひと振りすると瞬時に緑色のバリアが展開し、迫りくる刃を弾き飛ばしたのである。 跳ね返された刃は大地に突き刺さり、震動が永久の眠りについた神官たちを揺り動かした。 「小手先だけの魔法で俺を倒せると思ったのか?」 上空からアポスタイトの低い声音が響く。 アポスタイトは神官長から距離をおいて着地した。魔力を発動すると僅かながら空中に浮遊できる。これが彼の神速の理由である。 「貴様……一体何者だ……」 神官長は口元を拭った。 アポスタイトは唾棄するように応える。 「救いも慈悲も与えられないまま、神徒とやらに虐げられて生きてきた哀れな子羊さ」 「何を……。求めれば神は与えてくれる」 アポスタイトは嘲笑を聞かせた。 「笑わせるな」 アポスタイトの右手に暗色の炎が灯る。それは例えるなら地獄の沼で燃え盛る獄炎。闇夜に禍々しい光が鈍く煌めいて不吉な時の訪れを予感させた。 「そんなものがいるならどうして世界のそこここで殺戮や飢餓が横行する? 神は万物を見捨てて昼寝でもしてるのか?」 獄炎から風に飛ばされる砂粒の如く闇の力が零れ落ちていく。それらは連綿と続き、やがて輪を描いてアポスタイトを中心に魔法陣を作り上げた。 「貴様! 主を愚弄する気か!」 神官長は嗄れた声で叫んだ。しかしアポスタイトは淡々と続ける。 「一方神の代弁者を気取る貴様らはなんだ? 世界の混乱と無秩序を看過し、聖戦のお題目で都合の悪い者たちを皆殺しにする」 魔法陣は回転しながら宙へと上昇していく。そして 紋様が拡大していき辺り一面を包み込んだ。 「さあ、哀れなのはどっちだろうな? そんないるのかいないのかわからないもののために一生祈り続けるんだからな」 「ほざけぇぇぇえええ!!!」 怒気とともに神官長の身体から聖なる光が放たれる。平原全体を真昼のように明るく照らすそれは、まばゆい光を以て西側に並ぶタキシムたちを一瞬で消し去った。 「その程度かセフィロト教団」 アポスタイトは左腕を払って光の階に触れた。その瞬間すべての光が弾き返され大地に叩きつけられた。地面は爆発して崩れ、巨大な岩石が神官長を飲み込む。 「うわぁぁぁぁぁあああ!!」 悲鳴は轟音に掻き消された。 衝撃は大地を駆け巡り、鳴動は平原全体の時を止めていた。気づくと丘陵があったはずのそこは、大きく大地が穿たれて跡形もなくなってしまっていた。宙を舞って平地に落ちた岩石も、神官長の秘術による浄化を免れたタキシムたちを次々と消し飛ばしてしまった。 「ほう、威力だけは褒めてやる。人間がここまでやるとはな」 実際相当な威力であった。これまでにアポスタイトが対峙した人間のなかでこれほどの技を使うものはいなかったのだ。 「こっ……このおっ!」 砂埃の奥で蠢く黒い影。 砕け散った岩石の割れ目から、神官長が顔を出した。直撃を躱したためダメージは少なかったのだ。 「よくも……同胞たちを……!」 そこで絶命していた者たちの身体は岩石に飲み込まれ、砂粒を孕んで大地の一部と化していた。 「貴様の説教など聞き飽きた。死ぬがいい」 アポスタイトの展開していた空中の魔法陣は、彼の言葉を合図に赤と黒のグラデーションを伴った炎を吐き出し始めた。それは空気を焦がすように四方を包み、次の瞬間には辺り一帯を巻き込んで暴れ狂った。 「くっ……!」 世界は闇の炎に消える。神官長が描き出したバリアは風に震える木の葉のように軽々と消し飛ばされた。 「これで終わりだ。フレア・オブ・ブリムストン」 アポスタイトの瞳が赤く光る。次の瞬間には暗色の炎がせき立てられるように燃え盛り、すべてを焦がし尽くして消えていった。