「今のは……なんだ……?」 ダンクスが平原の入口で動きを止め、そこから西の方角を見晴るかしている。平原は邪悪なざわめきに満ちみちて、一握の穏やかさすら残されていない。風に乗って届いてくる微かな死臭もここが幽冥境と言わんばかりだ。 「炎……でしょうか。禍々しいオーラを感じました」 ソフィアもそれを見逃してはいなかった。いや、見逃しようがなかった。 先ほどからすさまじい光が何度も放たれていた。いずれもダンクスの視線が向かう西の丘陵からだ。そして今同じポイントで暗い色をした炎が燃え上がった。空間すらも焼き尽くさんばかりの重々しい色をした火だったが、役目を終えたと言わんばかりにあっさりと消えてしまった。何が起こったのか理解できない。眩いばかりの閃光と、地獄を連想させる黒い炎。屍人の軍勢が今にも攻め込んできそうなのに、他にもややこしい事態が起こっているのだろうか。 「ゾンビ……タキシムの仕業ではありませんよね?」 ダンクスは腕を組んで黙り込んでいた。悩んでいる暇などないことはわかっていた。国の存亡がかかったこの状況だ。少しでも早く解決に動くか、逃げるための準備をするか、一刻の猶予も残されてはいない。 しかしソフィアはどこか安心した気持ちも持ち合わせていた。最悪の場合でも、逃げてしまえばメルクマンサまで襲われることはないだろう。 「タキシムでないとしたら、何だと思う?」 ダンクスは僅かな沈黙を破ると、戦斧をぐるぐると弄んで最後に地面に突き刺した。 ソフィアは首を横に振った。閃光にせよ、黒炎にせよ、あれだけの魔法を放つことのできる者はいない。少なくともソフィアの知る範囲には、である。もしいるとしても世界最高クラスの魔術師でなければならないように思えた。或いはもっと邪悪で狡猾な存在……。 そこまで考えてソフィアは気付いた。そう、禁呪の杖を奪ったという悪魔だ。 「まさか、背教者たちの言っていたという悪魔ですか?」 ダンクスは振り向かず、空の彼方を睨みつけているように見えた。あれだけの高エネルギーが発生するのだ。正体が悪魔であれなんであれ、相当な強者が待ち構えていることは想像に難くない。事実杖を奪った悪魔は手練揃いの背教者たちを恐怖に陥れてしまったほどだ。 問題はソフィアたちがどう行動するかという話だった。このまま屍人たちの進撃を真正面から受け止めに行くか、元凶の現れている可能性の高い西の丘陵へ赴くか。どちらにせよリスクは高く、判断にかける時間もない。 「俺の判断に任せてもいいんだな?」 そう言いながら、やはりダンクスは振り向かなかった。その表情がどうしても気になるソフィアだった。