エレーナの炎の魔法が敵を焼き尽くしていく。ひとつ、ふたつと動き回る屍人が崩れ去った。 「さすがです! エレーナさん!」 ロランのエレーナに対する呼名がだんだんとくどく感じられてきた。エレーナも返事をせずに詠唱ばかり繰り返している。しかしそれは無視しているからではない。この時エレーナが冷静さを欠いていたことは周囲にいた騎士団員の多くが気づいていただろう。 エレーナの表情が堅いのだ。いつもの高慢ちきな口ぶりは聞かれず、ただ黙って放たれる魔法の精度は明らかに下がっている。 あの暗い炎を見てからだ。マックレアは何度も同じ場面を繰り返しイメージしていた。エレーナはあの炎に何を思ったのか。 エレーナが再び詠唱をスタートさせた。 「グオオオオオッ!」 マックレアははっとした。至近距離で聞こえる唸り。 「なに!?」 マックレアは慌てて剣を振りかざす。眼前に両腕を伸ばしたタキシムが迫っていた。マックレアは垂直に剣を振り下ろし敵の動きを牽制する。そしてもたついて動きを鈍らせた相手に剣を「レ」の字に斬り返した。 一瞬高鳴った心臓は確かな手応えとともに収まっていく。 危ない。エレーナに気を取られていたせいで自らを危険に晒すとは。自分も冷静ではないのだろう。無心に屍人の首を狩り続けるサンダラスも、やけに饒舌なロランも。 いつの間にか心の余裕がなくなりつつあった。変わらず視界を圧倒し続ける物量に、疲労で鈍っていく身体。僅かな時の変化で様変わりしてしまう黄昏時のように、騎士たちの士気は急激に落ち込みつつあった。 「ガルファム! 後ろだ!」 ザバードが叫ぶ。変わらず最前線で戦い続けていたガルファムは、相棒の一声に振り返り、背後に迫る敵に一太刀を浴びせた。 第5隊の名コンビ、ザバードとガルファム。「一気呵成」と称される彼らの速攻のコンビネーションは騎士団でもよく知られている。しかし彼らとて無敵ではない。無理な姿勢で斬りかかったためにガルファムの足元がもつれた。なんとか転ばずに踏みとどまったガルファムだが、今がチャンスとばかりに別のタキシムに腰から掴みかかられてしまう。 「ぐっ! この野郎!」 「ガルファム!」 マックレアは叫んだ。 ガルファムは背面を取られていて体勢が戻せない。彼が無我夢中で振るう剣は空を斬るばかりである。 それを見たザバードがすぐさま駆けつけてタキシムを振り払おうと試みる。 「うおおおおおっ!」 白妙を思わせる美しい剣筋がガルファムの背後の敵を背面から削り取る。 ガルファムは動きを停止したために腰部にくっついたままとなった死者の腕を、さも煩わしそうに払いのけた。 「大丈夫か!?」 「すまねぇザバード」 ガルファムは手刀を切ると、まともに相手の顔を見ないまま再び臨戦態勢に入った。隙を作らない見事な残心である。しかしその顔はほんの一瞬、痛みの表情を呈していた。 「気をつけろ! まだまだ敵は多いぞ」 マックレアは大声を張り上げながら大剣を身体に垂直に構えた。雷の魔力を集中させると、刀身が青い光に包まれ巨大化し始めた。それは2倍、3倍と加速度的に伸びていき、やがて2列後ろのタキシムたちまで捉えられるサイズになっていった。 一体いつまで……。 俺たちは……。 迷いを払拭するようにマックレアは剣を振り下ろした。