アポスタイトが完全に言葉を締めくくる前だった。 崩壊した大地から光が噴出し始めた。光はアポスタイトを中心にして一帯を巻き込むように広がっている。 おそらくこれは魔法陣。地面が砕けているために視認が難しいだけで、今自分たちはその射程範囲内にいる。 「逃げろソフィア!」 言うなりダンクスは駆け出していた。倒れ込んでいるアリーファに近づくと、彼女の右腕を掴む。やはり意識を失っていた。 同じことを考えていたらしく、エネリスも無言で駆け寄ってきて左腕を掴んでいた。 「この子は俺がなんとかする。少しでいいから魔法の発動を遅らせてくれ」 ダンクスが言うと、エネリスは無言のまま鎌を出現させ、真上へと昇っていく。気づけばアポスタイトはさらに高い位置に浮かんでいた。 高く、まだ高く。漆黒のローブが2つ重なるように接近していく。 エネリスが鎌を大きく振りかぶる。アポスタイトは詠唱を続けるだけで微動だにしない。 行けるか? 鎌の矛先は魔将の首元を捉えた。しかし直撃寸前にエネリスの姿が消える。 「なに?」 ダンクスは目を疑った。エネリスはどこにいった? 刹那、再び岩が砕ける音がした。場所は平原のゾンビの陣のただ中だ。 よく見るとアポスタイトの左腕がエネリスのいた虚空に伸ばされていた。目にも止まらぬ一撃だったらしい。アポスタイトは僅かな腕押しで神の眷属を弾き飛ばしていた。 しかしダンクスに考える暇はなかった。アリーファを背負い込むと一目散に駆け出す。 「走れ!」 戸惑っているソフィアを視界に捉えるとダンクスは叫んだ。凹凸だらけの地面を飛び跳ねながら少しでも距離を取る。ソフィアも金縛りから解かれて走り始めた。 逃げながら平原の方角を一瞥する。仄かに橙の光が見える。やはりエネリスは無事らしい。 「ううっ……」 背中から苦しそうな呻き声が聞こえた。聖騎士の少女は夢のなかで今も苦しんでいるのだろうか。 その時、地面の揺れがダンクスの思惟を切り裂いた。左脚を支えていた岩が傾き、ダンクスは転倒しそうになる。 「これは……!」 地震が起こったのかと思われた。振り向くと視界に映るものすべてが地面に引っ張られるようにぐらぐらと揺れていた。まもなく地面に地割れが起こり、吐き出されるかのように岩の欠片が宙を舞い始めた。 「ダンクスさん!」 ソフィアが不安そうに声を上げる。 「構うな! 早く逃げろ!」 亀裂は平地平原の東側まで伸びており、ゴゴゴゴと音をたてて地形を隆起させた。 大地の割れ目から突き上がる3つの岩石の塔。生贄と言わんばかりに巻き込まれたタキシムたちが突き上げられて消し飛んだ。 夜の闇すらも遮蔽する圧倒的な存在感。間一髪直撃を避けた騎士たちのどよめきが聞こえてくる。 ダンクスたちの目の前にも1柱の岩石が鎮座している。これがアポスタイトの放った魔法なのだと理解するまでに長い時間を要した。おそらくかなり高位の地属性魔法。一帯の地形は完全に崩壊していた。 「崩れるぞ!」 西側からその声が聞こえた。ダンクスは舌打ちをして斧を構える。地面を粉々にするだけの魔法などあるはずがない。エネリスの時間稼ぎで逃げられただけで、あと少し遅れれば自分たちの墓石になりかねない存在だった。 柱は3つ。眼前に迫るものが中心のそれ、平原の屍人の群れを突き破ったのが右側だ。幸い左側のひとつは誰も巻き込んではいないが、いずれもあまりに巨大だった。 スィメアの城とどっちがデカいのやら。 3つの柱は白く光り始めた。まるで震えるように視界に映るそれがぶれ始めた。 「なんてとんでもない魔法を使ってきやがる」 崩れるどころの話じゃない。これは……。 ダンクスはアリーファを地面に寝かせるとさらに強く風の魔力を纏った。全神経を斧を握る手に集中させる。 アリーファもソフィアも自分も、このままでは無事では済まないだろう。 やるしかない……。 ダンクスは大地を蹴った。