「ーーー!」

「やぁ、ーーーーー。遅かったね」

息を切らして駆けつけた彼は普段の冷静な様子とは違い焦りが見えていた。
こういう時でないと彼の素を見ることは出来ないのでわざと緊急時に彼を指名して呼び出していたりする。
彼の様子に思わず笑ったことでナイフが刺さったままの傷口がズキズキと痛んだ。

「…必要なのは解毒剤だけだときいていたので救助キットはないぞ」

「ん?ああ、これくらいの傷なら大丈夫。ただ、毒の影響で血が止まらなくて。ーーーーーが来てくれて助かったよ」

「…いつまで彼女で遊んでいるんだ?ーーーならすぐにでも捕まえる事はできるだろう?」

「酷い言いようだなぁ。私は別に遊んでなんていないよ。ほら、遊びでこんな傷をつけるわけないだろう?彼女が優秀なのさ」

「馬鹿を言うな!得意のジークンドーはおろか他の武道にも精通し武神の申し子と言われたおまえなら、彼女の攻撃くらい軽くかわせるだろう!」

「ぷっ!なんだいその恥ずかしい二つ名は!あいたたた…っはぁ。…まぁ仕方ないんだよ。彼女はとても興味深く、魅力的だからね」

「…言っても聞かないだろうが…ーーー、いつか、その好奇心が命取りになるぞ」

「…ああ、そうならないように気をつけるよ。…やっぱりーーーーーの方が指揮官に向いているよな。俺は現場の方が好きだし。…俺がいない間は任せたぞ」

解毒剤が効いて血が止まり始めたのを確認するとナイフを抜き袋に入れてジャケットの内側へと収める。
長居は無用とーーーーーの肩を叩いてその場を離れた。

「また証拠品をそのまま持ち去って…何が、任せるだ…私は上司がーーーだからこの立場も甘んじているというのに」


ポツリと呟いた言葉はーーーには届かなかった。
この時もっと言い含めることが出来ていたなら彼は死ななかったのだろうか。
後悔なのか、戒めなのかーーーーーは彼が死んだ今もこの時のことを夢に見る。











「名前って本当に美味しそうに食べるわよね〜」

園子は向かいに座った名前の幸せそうな顔を見て心底感心したように呟く。
当の本人は不思議そうに首を傾けた。

「そうね…名前が作っている弁当の方がよっぽど美味しいのに、こういうのを食べている時の方が幸せそうよね」

こういうの、と蘭はフライドポテトをつまみ上げる。
名前はああ、と納得いった顔で頷いた。

「そうですね…自分で作るものは確かに自分好みに作っているから口にあって当たり前ですが、私としてはこういったものを食べるのはとても新鮮で…それに、こうやって素敵なお友達と食べるのが1番美味しいです」

照れもなく嬉しそうに笑う名前に蘭と園子は顔を見合わせ笑った。
名前は抱いた好意をオブラートに包まず正直につげることがよくある。
たまに聞いている方が恥かしくなることもあるが、相手も好意なので嫌な気分にはならない。蘭も園子も出会ってから短い期間ではあるが、名前の事を大層気に入っていた。

「そういえば、瑛祐くん今頃どうしているかな」

蘭がポツリと呟くと園子は眉根を寄せた。

「元気にしているんじゃないの?というか、留学するならもっと早く言えっつーのよ!復帰祝いしたかと思ったら留学って!」

「言いづらかったのよきっと…でも、正直見送りくらいはしたかったよね」

寂しそうな蘭の表情に園子は複雑そうな表情を浮かべ軽く肩を叩いた。
名前は瑛祐がおそらく新一に遠慮したのだろうと思い、何も言わずただ悲しそうな表情をつくり微笑んだ。

沈んだ雰囲気は新作のサンドイッチを食べ始めると一瞬で吹き飛んだ。
今日の目的であるサンドイッチは当たりでとても美味しく3人が3人とも絶賛した。

ぺろりと食べ終わると蘭が新一の家を掃除しに行くというので、もちろん名前も着いていくことにした。

蘭と園子のあとに続き工藤邸に入ると人の気配がした。
蘭は新一がいるかもという予感に浮き足立って家の中へと上がって行く。
園子と名前もその後に続いた。
部屋の中をいくつか調べ、とうとう物音がする洗面所を見つけた。

中にいたのはおおよそ新一とは思えない成人済みの男性だった。
戸惑う園子が泥棒と騒ぎ立て、蘭は相手の顎めがけて蹴りあげた。
相手の男性は倒れる。

ふむ…一見すると蹴られて倒れたように見えるが実際は当たっていない…蘭の怪訝そうな表情からも間違いないだろう。
名前はそっと園子より前に出て、蘭の隣に並ぶ。



結局コナンからの電話で怪しい男は新一の許可で居候している大学院生だということがわかった。
名前は沖矢昴。
電話が終わった後慌てて3人で誤解したことを謝る。
園子にいたっては手のひらを返したようにイケメンだと騒ぎ立てている。
お詫びにご飯がまだだという昴に蘭が自分が用意すると提案した。
昴はならば、先程3人が食べていたウェルカムバーガーでと注文する。

どこで食べたなど教えた訳でもないのに、いい当てた昴に驚く蘭と園子。
その後ろで名前は両腕をクロスさせ身体を抱きしめるように腕を組んだ。


どうしてか、江戸川コナンの周りにはこうも好奇心を揺さぶる人物が溢れている。

特に目の前の男は面白い。
見た目は柔和で博識なイケメンだが、おそらく中にはとんでもないものを飼っている。
…そして、とてもよく知っている気配を微かに感じるのだ。
とても、とても懐かしい。
ああ、暴いてしまいたい。
その笑顔を、そのFaceを、はぎ取りたい。
もちろん、そんなことはしてはいけないとわかっている、だからこそこうして疼く身体を抑えているのだ。

昴は蘭たちに己の推理を披露しながらも、後ろで頬を染めてこちらを見つめている少女を観察した。
一見、イケメン大学院生というものにのぼせ上がっているようにも見えるが、どうも様子が違う。
好意というよりは…これは、好奇心ゆえの興味、だろうか。
言うなれば、そう…推理オタクが推理小説を読んで興奮しながら推理する、そんな様子に似ている。

自分が彼女を『観ている』ように彼女も自分も『観ている』。
そこまでの思考に至った頃、彼女と目があった。
瞬間、寒気とも似通ったものが背筋を走った。
これは分が悪いかもしれない、と昴は彼女から視線を逸らし、目の前の『普通』の女子高校生達を先にリビングへと促した。
目論見通り彼女も2人について行きその場からいなくなると、静かに息を吐き出した。

「なかなかに興味深いですね…コナン君といい彼女といい」



この日、蘭と園子は昴と新一へ最近巷を騒がせている紙飛行機ヤロウ事件の解決を促した。
名前も気になっていた事件ではあるが、今回は貴重な対決が見られるということもあり静観する事にした。
その結果、下手をしたら1人の命が失われていたかもしれない事件を数日で見事彼らは解決してみせた。

「へぇ、あの新一くんが怒鳴り散らしたの。救急隊員や警察に」

「うん。私にはあんなに冷静に指示していたのに新一ぽくないよねぇ」

蘭が無事監禁されていた人物を助けた後、コナンとも合流し、小休憩している間話題は『新一について』だった。

「そりゃああんた、愛しい女房のピンチだったからよ」

「まさかぁ。そんなキャラじゃないよあいつ〜…てか、女房でもないし」

「そうでもないかもですよ?実際、救急隊の方の記憶に残る程の対応をしたみたいですし、いつも冷静な工藤さんがその冷静さを欠くなんて…よっぽど蘭さんのこと大事なんですね。ねぇ、コナンくん」

ふふ、と自分と蘭との間に座っているコナンに声をかければ、焦ったのかひっくりかえった声で「そ、そうだね!」なんて言う。
その様子に少し意地悪だったか、なんて思ったものの、否定しながらも嬉しそうな蘭にまぁいいかと思い直した。

それに、今回の対応は100点だとはとても言えなかった。
犯人に共犯者はいなかった為蘭が危険な目にあうことはなかったが、もしいた場合危険度は格段に上がっていた。

ただ、それはたらればの話だ。
結果的に蘭は無事で、事件も解決したのだから。
万が一蘭に何かあったら…その時は…

「ゾクッ…名前姉ちゃん?」

「ん?どうしたの?」

「う、ううん。やっぱりなんでもないや!」

取り繕った笑みに名前は気付かないふりをして微笑み返した。




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