1

「あ、あの…!雪乃さん、俺と───」





大学生になってからの数ヶ月。私はよく呼び出される。

主な目的としては、『告白』。



ここは最難関と呼ばれる国公立大学の医学部棟。受験勉強から解き放たれた男達の手頃な標的にされるのは、『同学年の女子』だろう。



「ごめんなさい…貴方のことちゃんと知らないから」



「決まり文句」で断れば、相手自身が否定された訳じゃないから「そうだよね。ありがとう」の返事で解散。

偶にしつこい人は『友達から』なんて言うけど、悪いけどお断りなんだ。





知らない人に時間を取られてしまったが、今日の予定はなんだっけ、とスケジュール帳を開けば、



『サックス 修理』と書いてある。



銀座の本店に楽器を修理に出す予定だった。



講義も終えて、大学から近い自宅まで楽器に取りに帰る。



途中街角で流れていた『ネットシーン唯一無二の実力派シンガー、待望の3rdアルバム。遂に全貌解禁!』というアナウンスと共に流れてきた歌声に魅了されたが、それでも足を止めはしなかった。



電車に間に合わないもん。



何度も来ていて、歩きなれたこの大都会の大通り。今日は新しい楽譜でも買いたいな、と色々考えていれば、角から飛び出てくる人影。



避けることは出来なかった。



「わっ…」

「す、すみません!!!」



ぶつかった直後に相手から飛び出た謝罪の声と共に響いたのは、ガッシャンという音。



「ああ────!」



私の肩にかかっていた可愛い可愛いアルトサックスさんは、虚しくも道路と衝突した。



「私の…サックスさん…」

「ご、ごめんなさい、その、楽器…!そして申し訳ない。本当に、すみません急いでいるのですが、修理代お支払いします…!連絡先だけ、渡しておきますから、ごめんなさい…!」



ばたばたと名前と連絡先だけ走り書きされた紙を私の手の中に収めて、その人はまた走って行ってしまった。



その紙には、『英咲 陸』と、男の人の字で書かれていた。



◇◆◇◆◇



「これは、かなり酷いですね…」

「そうですよね…」


あの後、楽器店に駆け込んで顔見知りのスタッフさんにお願いして見てもらった。

ケースも古いせいか、ダメージはかなり大きい。これを機にケースは買い換えよう。

スタッフさんも「早めの修理をお願いしてみますね」との優しい対応。


修理代もかなりするかなあ…なんて考えている頃には、もう『連絡先の紙』のことなんて忘れてしまっていた。


◇◆◇◆◇


「りぶ、早くして」

「そ、そらるさん…ご、ごめ…、はぁ…はぁっ…うん…」


ライブに遅刻した。すぐに迎えてくれたのは、そらるさんで、でも表情は相変わらず変わらない。

初めての場所で迷いもして、走ったら誰かにぶつかって本当に申し訳ないことをした。き
連絡先だけ渡したから大丈夫だとは思うが、電話が来るかは怪しいから、また今度あそこに行ってみないと…。

そんなことを考えながら、息を整えていれば、そらるさんがこっちを見た。



「走ったの?」

「そりゃそうでしょ!」



渡された出演者用のTシャツを手に持ち、控え室に入れば、「りぶさんやっときたー!」なんてわいわいしている本番前の出演者達。


「ごめんね、遅れちゃって。天月さん、まふまふさん」

「いいえ、まだ大丈夫ですから、着替えてください!」


天月さんに着替え部屋に押し込まれて、やっぱり時間は大丈夫といえど、急いで入るんだろう。ちょっと焦っているような天月さんに本当に申し訳ない。


「今日は本当に最悪だ…」なんて着替えながら。


あのサックスの人。…楽器大丈夫かな……


溜息のようなものを盛大に吐いて、Tシャツを被れば、扉の外から3回ノック。


「りぶさーん、準備大丈夫ですか??」

「あ、すみません大丈夫です!すぐ行きます!」