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『雪乃にお願いしたいことがあるんだけど』



大学の講義の最中。幼馴染からのLINEを受信した。お願いしたいこと、なんて今までで初めてのこと。どうしたのだろうと心配になって、即レスで「何?」と返せば『直接言いたい。時間取れない?』なんて、らしくもない。



もっとおちゃらけている方が似合うのに。



あまり目立たないように、「今日なら夜空いてる」と返してその端末をロックした。



気になりだしたら止まらないからこういうのはやめて欲しい。あの人も分かっているだろうに、こんなことをする。

今日はカラオケに行って歌いたかったし、楽器を吹きたかったけれど、なんだか放っておけるような案件ではない気がして、やめた。



◇◆◇◆◇



「ごめん、待った?」

「いや、全然。大丈夫。むしろごめんな?急に…」



指定されたのは都内のカフェ。電車の遅れのせいで、少し遅れてしまい駆け込んだ先には、やはり彼がいた。

一見して見つけて、彼のいる席に向かうと、手を挙げて示してくれる。



店員さんに、「カプチーノを」と一言。かしこまりました、と聞いて行ってしまった後に本題を尋ねる。



「で、どうしたの?蒼太兄さんからお願いなんて、」



心配そうな声音で尋ねるけれど、私の本心はただ気になるから。一旦興味が溢れると止まらない。



相手の真剣そうな表情に、言葉を待つのみ。静寂と、水面が揺れるコーヒーだけがうるさかった。



「今日は、雪乃に。…『奏音69』として、お願いしたいことがあるんだ」



「かのん、ろっく…」



聞いたことはある。蒼太兄さんはネットシーンで活躍していて、そこでのハンドルネームとしている名前。

そんな名前から、なんで私にお願いごとがあるんだろう。そもそも奏音69について詳しく知らないし、とか色々言いたいことはあったけれど、まだ言葉の続きが出てきそうな雰囲気だったから口を閉じる。



「それも全て詳しく説明する。俺がお願いしたいのは、ただ一つ。



…雪乃をRoyal Scandalに、奏者として迎え入れたい」





真っ直ぐに目を射抜かれて、言われたその言葉。

Royal Scandalとは一体…。でもそれも含めて詳しい説明はあるだろうから、聞きたいことだけ聞かせてもらう。



「私は、何をすればいい?」

「俺の作る曲を、吹いてもらいたい。バックサウンドだけど、これは雪乃じゃなきゃだめなんだ。

…LIVEとかにも、出来れば来てもらいたい。生演奏には生演奏にしかできない魅力があるから」



その言葉を聞いて、蒼太兄さんの力になりたい、とか。そんなに言われてしまったらやるしかない、とか。そんな綺麗なこと考えられなかった。



…大舞台で演奏できるかもしれない。



過ぎったのは自分の欲。



「私、大学生だからツアーとかはできないかもしれない…。夏休みとかなら、大丈夫だけど…。それに、プロじゃないから上手くはないかもしれない。それは、でも。死ぬほど努力してみせるけど…



それでもよければ、是非そこで、演奏…したい」



自分の欲だけ。綺麗な理由ではないけれど、今、お互いの利害は一致した。



「蒼太兄さん。



…いいえ、奏音69さん。Royal Scandalについて、詳しく教えて…?」



どんなに違う形なれど、火が灯った。

それを察したのか、蒼太兄さんも頷いて、



「仲間も紹介したい。場所を移そう」





それだけ、言い放った。



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音宮 蒼太(オトミヤ ソウタ)

奏音69として活動するクリエイター。雪乃の幼馴染であり、近所のお兄さん。