go down the rabbit holeB
「キロランケ!」
「おぉ、いらっしゃったか」
「丁重におもてなしを」
「任された」
こちらを気にしながらも、忙しいらしい月島さんと谷垣さんが去る。容貌魁偉のバーテンダーは、茶目っ気たっぷりのウインクをした後すぐさまこう言った。
「酒の前にまずは傷の手当だな。見かけによらず、中々お転婆なお嬢さんようで」
「違うんです。身体を支えようとしただけなんです…」
カウンター席で傷の消毒をされながら事の顛末を説明すると、キロランケさんはそれはドジっちまったなと笑ってくれた。どことなく父性を感じる言い方だった。
「これでよし」
「いてっ」
「三つ目小僧みてぇになっちまうが我慢してくれ」
前髪から透けて見える絆創膏を軽く押され、声が漏れた。
これに懲りたらしばらく大人しくしてるんだなと諭される。これだけ他人に心配されるのは大人になってから久しぶりな気がして、殊勝顔で頷けば彼も納得したのかそれ以上言及されなかった。
「シライシが来るまでどうする?」
「え〜っと……」
彼を店に送った時点で目的は完了してしまった。正直、ここでやることはもう無いように思う。
(でも待ってるって約束したもんなぁ)
「あ、許されるなら」
「ちょっと待った。叶えられるもので頼むぞ」
「あはは。はい。それは勿論」
私の夢を、彼に頼んだってどうしようもないのは分かっている。
「こんなすごいところ二度と来れないかもしれないので、このフロアだけでも観察していいですか?」
「あぁ。カウンターの中には入れられないが、そういうことならいいぞ」
エスコートしようか?と冗談を言ってくれるのに、断りを入れなければならないのがとても残念だ。
「靴が汚れてしまって。キロランケさんと、このお店に相応しくないので」
すみませんと謝り、話を終える。座席が回るタイプのものでよかった。歩かなくても周りを見渡せる。インテリアや内装を見るだけでも目の保養になるなんて凄い。くるくる回りつつ一人で感心していると、いつの間にかカウンターの向こうからキロランケさんが傍に来ていた。
「失礼致します、お客様。どうかご容赦を」
「え?」
彼はしゃがみ込むと、私の履いていた泥だらけのパンプスをするりと脱がせ、自分の膝の上へと持って行ってしまう。いつの間にか用意された布の上に並べられた一足は何だか心細そうだ。
「何してんですかっ!?」
「俺流のおもてなしだ」
「はあ?!」
なんつう店だここは。ホストの個性強すぎないか。
「自分で拭えますし!踵の擦り減りとか匂いとか恥ずかしいです!」
「大丈夫。手入れされていない馬の蹄よりキレイだし臭わん」
「どういう比較のされ方???」
どうどうと。それこそ馬を宥めるように反論を流しながら、パンプスの汚れを拭き取る姿に困惑が止まらない。靴質(?)を取られたせいでどこにも行けなくなってしまった。本当に臭ってたら嫌だから返してほしい。だめだ。動物園よりマシとか言いそう。きっとどう言われてもショックだ。心が折れちゃう。
不本意だがじっとして手慣れた動きを眺めていると、元気な声が鼓膜を揺らした。
「あ〜〜〜!!キロちゃん何やってんのさ!」
"うさぎのおにいさん"こと、シライシさんが戻ってきてくれたのだ。こっちを指差し驚いた表情を浮かべている。その意気で助けてほしいと思ってしまった私は我儘だろうか。
「俺が恩返しすんだからキロちゃんは手ぇ出さないで!」
なんだそれ。聞いてないぞ。