go down the rabbit holeC
「彼女は、この店とオレにふさわしくなりたいんだとよ」
「えぇ!?いつの間にそんな話してんの!?」
逆説的にそうかもしれないけどその話は私も初耳なのですが。だが、返事をする前に言葉を連ねられる。
「俺だってこの子と仲良くなりたい!」
「血まみれで往来歩かせておいて、それはなぁ?」
キロランケさんにそう言われ、シライシさんは焦ったように私の方に顔を向けた。あれは完璧に事故だ。それに私はちょっと血が滲んだくらいで大騒ぎするタイプではない。
彼は気づいていないが、今キロランケさんの顔はいたずらっ子のようだ。靴のことといい、さては世話焼きと見せかけて心は少年か?それとも接客業に携わる者としてこれから軽い薫陶でも行うのだろうか?判断がつかなかったので肩をすくめるだけで反応を返す。しかし、シライシさんは違う意味で受け取ったらしい。機嫌が悪いとでも思ったのか一気に喋りかけてきた。
「ね、ねぇ今日は何であの道通ってたの?声掛けたことあるなら俺顔覚えてるし!何か用事?あっ此処バーだけど軽食もあるよ。お腹空いてなぁい?」
テンションいきなり上がったな。
こんな地味な女にも客になってもらうために話しかけないといけないって、ホストって大変なんだろうな。よく噛まないな。感心するが、彼は大事なことを忘れている。
「”うさぎのおにいさん”」
「うん!?」
「まずはお互い自己紹介しませんか」
「あっ!」
気まずそうに咳払いを一つ。
「し、白石由竹です…さっきは助けてもらったのに、お礼が遅くなってすみませんでした。あと手当ても…」
「みょうじなまえです。お名前が知れて嬉しいです。血も傷ももう気にしていません。ちゃんとお話ししてくれてありがとうございます」
「えっ!?いや、こちらこそ色々と貸してくれてありがとうね」
「いえいえ。もう寒くないですか?」
「うん、大丈夫!」
「よかった……おにいさんのこと、これからどうお呼びすればいいですか?」
「シライシって呼んでください!」
「はい、シライシさん」
先程の雰囲気からおどけて話すと思ったが、きちんと詫びと礼を言ってくれたので、私は彼を許すことが出来た。本当にうっかりなのか真偽は定かではないが、失敗しても許される人はこういう人のことを言うのかな。シライシさんのはにかむような笑みを見て何となくそう思うのだった。
「すみませんキロランケさん。メニュー表を見せていただけますか?」
「かしこまりました」
「シライシさんはアレルギーとかあります?」
「何もなし!」
「じゃあ軽食も頼みましょうか」
ふさわしく振る舞えるかは分からないが、今度は客としてキロランケさんに向き合うと、彼は理解したのか。少し畏った様子で注文を聞いてくれた。