夏の滴を共に(3)
動揺を隠すよう努めつつ、俺は聞いた。
「何故?」
「私はかなりの頻度で、此処のお店にお世話になっています」
「それはありがたいことだが」
「あと…ずっと飴のお礼がしたくて。ご迷惑でしょうか?」
「!」
「忘れていた本と一緒に、おにいさんが入れてくれたんですよね?飴を作っている店員さんが教えてくれました」
(ぺロス兄!)
作業場の方を見るとサッと隠れる姿が見えた。
此方の様子を覗いていたのだろう。
「…試食の際に気に入っていただけたようでしたので」
「はい!ありがとうございました!」
それ以上の言葉はなかった。
彼女は忠犬よろしく、俺の返答を待っている。
(今なら言えるだろう)
「礼がしたいのはこちらも同じです」
「え?」
「最近女性二人を悪漢から庇った覚えは?」
「……あ。はい」
「彼女達は私の妹なのです」
「そうなんですか!」
「ケーキとお茶までご馳走になったとか。ぜひ、助けて頂いたお礼がしたい」
「いやいや!そんな!なんだか体調が優れないようだったので」
「はい。髪色を綺麗と言ってくださった妹は身体が弱く、外で動き回るのが得手ではありません。もしそのまま悪漢に襲われていたらと考えると…」
そこまで俺が言うと彼女は押し黙った。
騒動を思い出したのか、しかめ面をしている。
「お二人は元気ですか?」
「はい。本人達はぜひ貴女を家に招き、礼がしたいと言っていました」
「そうですか…」
口元を拭い、ちり紙をしまった彼女は少し悩むと頷いた。
「では、お呼ばれしてもいいですか?」
「はい」
「あと、友人と予定の相談をしたいので後日連絡しても?」
「勿論です」
「お店に電話すればいいですか?」
「…そうですね」
ガタン。
「では店に」
ガタンガタン。ガタン。
「──ぺロス兄」
「はっはっはっ。すまない。いつ出ようか機会を窺っていたのだが」
「にい…店員さんもお兄さんですか!」
「そうとも!ペロリン♪ペロリン♪」
楽しそうに会話に入ってきたぺロス兄は、とんでもない爆弾発言をした。
「お嬢さん。すまないが店だと作業が忙しい時電話に出られないことがあるのでね。コイツの家に電話してくれないか?」
「あ、はい」
「ぺロス兄!」
「そうだろうカタクリ?」
「カタクリ…?」
「!!」
文句を言おうとした口から変な声が出そうになるのを堪えた自分を、誰か褒めてほしい。
懸想している相手から初めて発せられた己の名に動揺してしまった。
「えっと、カタクリさん?」
「あぁ」
「電話していいですか?」
「…あぁ」
「お土産持っていきますからね」
「…分かった」
あれから何と会話したか内容を覚えていない。
ただ彼女が去った後、氏名と連絡先が記載されたメモを終始大事に握っていることを揶揄われた俺は、ぺロス兄の顔面につきたての餅を放った。