泥船に花を植える(3)


兄の手に顔を寄せたままの彼女を見た時、何かが切れる音がした。

「ぺロス兄!!」
「カタクリ。馬車の用意はできているか?」
「それどころでは─」
「彼女は体調を崩している」
「!?」

のは気のせいだった。

「既に店の前だ」
「よし。私は道中に水分補給できるよう準備してくる」
「いやいや、大丈夫」
「少し我慢していてくれ」
「わぁっ!?」

確かに顔色が悪い。俺はぐったりとした彼女を抱き上げると、迎えの馬車の中に乗り込んだ。

「カタクリさん!」
「由梨菜。大丈夫か?」
「…すみません。暑くて…でも少し休めば大丈夫です」
「本当か?病院に行かなくても」
「本当です!」

暑い中歩いて少し疲れただけだと言う彼女の顔を覗き込む。汗で張り付いている前髪を整えていると、彼女の顔がまた赤くなった。やはりどこか具合が─。

「か、カタクリさん」
「どうした?」
「その、えっと…」
「仲睦まじいなお二人さん。こちらまで熱くなってしまうよ」
「!」

揶揄い交じりの口調で俺達を見る兄。
彼女が言いかけていたのはこの事だったのだろう。
俺の腕の中にいる由梨菜は、顔を林檎の様に真っ赤にしていた。

「す…すまない…」
「いえ、こちらこそ…心配してくださってありがとうございます」

座席に彼女を下ろし、我々を乗せた馬車は屋敷へ向けて走り出した。

「…」
「…」
「…」

沈黙が痛い。
彼女は体調のせいか俺が不躾に抱き上げたせいか俯いたままだし、ぺロス兄はぺロス兄で彼女の様子を見て何とかしろと視線を向け訴えてくる。

(このままでは…!)

屋敷に着いても、妹達と二言三言交わしてすぐ帰ってしまうかもしれない。
妹達が今日を楽しみにしていたというのに。

(俺も楽しみで、夜も眠れなかったというのに!)

何とかしなければと彼女に目を向けると、ちょうど彼女と視線がばちりと重なった。

「許可も無く身体を触り、不快な思いをさせて申し訳ない」
「え?」

勢いよく頭を下げ、心から謝罪をする。

(俺に嫌悪感を抱いたとしても、せめて妹達には…)

その時。握りしめていた俺の手に、彼女の白い手が重なった。

「確かに突然抱き上げられて驚きましたが、この身を案じて頂いたことを不快とは思いません」
「由梨菜さん…」
「お心遣いありがとうございます。カタクリさん」

もしもお屋敷に着くまでに寝てしまったら、叩いて起こしてくださいねと冗談めかして笑う彼女に、俺はすっかり肩の力が抜けてしまった。

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