泥船に花を植える(4)

黄金色の取っ手が滑らかに動き、御者が畏まった態度で馬車からの降車を促す。左手を優しく取られ、恐る恐る由梨菜は地面に降り立った。
広大な敷地に建てられた屋敷は、以前読んだ外つ国の小説の挿絵によく似ている。
舗装された歩道を導かれるがまま歩くと、触れる前に臙脂色の扉が開いた。

「「ようこそ!シャーロット邸へ!」」
「歓迎するよ。のんびり過ごしてくれ」

広い玄関ホールにずらりと整列したお手伝いさんもといメイド達に、由梨菜は圧倒される。

「由梨菜さん!」
「あっ──!!」
「ようこそ我が家へ。暑い中来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、お招きくださりありがとうございます」

嬉しそうな顔を見せ出迎えてくれたのは、絡んできた男達に反論していた方の女性。
彼女は元気そうな様子に、由梨菜はほっとした。

「姉さんが待ってるわ!こっちよ!」
「こらこらプリン。そんなに引っ張ったら危ないぞ」
「あっ、ごめんなさい」

ぐいぐいと手首を掴み、玄関ホールから繋がる階段を駆け上がるプリンに、ペロスペローが注意する。

「こっちですか?プリン、さん?」

甘いお菓子の名を持つ彼女に質問すると、本人が気にしていないことが分かったのだろう。表情が晴れる。

「反対よ!もうっ!」
「すみません。もしよろしければ案内をお願いできますか?」
「──えぇ!じゃあ兄さん達、先に行ってるわ!」
「…あぁ」
「あまり連れ回して、彼女を疲れさせるんじゃないぞ」
「はーい!」

小走りで屋内を案内する妹に苦笑しつつ、二人は客人に失礼のないよう持て成しの最終確認をしに別の方向へ足を向けた。


「次はこっちよ!」
「はい!」
「あれはあっちにあったはず!」
「はい!」
「今度はこっちよ!」
「は、はい…」

長い廊下を何度も曲がり、歩き、たくさんの部屋に案内される。
最初は案内される部屋の内装や舶来品に目を輝かせていた由梨菜だったが、目的地に着いた頃には足が棒になりそうな状態であった。
乱れた息と着物の裾を気にしつつ、由梨菜はプリンが案内してくれた目的の部屋に入室した。

「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」

こんな態勢でごめんなさいね。昨日まで体調は良かったのだけどと彼女は謝る。
以前由梨菜がカフェにて暴漢から庇った客シャーロット・ブリュレは、ベッドの上に座り訪問者を見ていた。

「こちらこそありがとうございます。お二人に会えて嬉しいです」
「でも…」
「お顔を見て話ができるので気にしません。でも具合が悪くなったらすぐ仰ってくださいね?」

由梨菜はテーブルの側にあった腰掛けを引き寄せるが、ハッと声を上げる。

「すみません!腰を下ろす前に、手洗いうがいをしてきます!」

手洗い場への道案内をお願いすると、部屋に滞在していたメイドが進み出てくる。
由梨菜はブリュレとプリンに一声かけた後、メイドの後に着いていった。

「素朴で優しい人ね」
「えぇ。招いてよかったわ」

くすくすと鈴の鳴るような音を立て笑う二人。
まだ僅かな言葉しか交わしていないにも関わらず、気分が弾む二人だった。


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