泥濘に花を植える(7)

果実は色鮮やかに熟れ、砂糖は甘く。
目を瞑り、唸り。時に口の端に着いた生クリームを欠片も逃したくないと舐め取る。

彼等が渾身の出来と言った目新しく名も知らぬ菓子達が、口の中を、全身を幸福で満たしてくれるような気がして。身体を走る法悦に堪えきれず溜息が漏れる。あまりの美味しさのせいか、一口、もう一口と手が伸びた。
そして、埋もれる様にあった馴染みのある菓子を舌の上に乗せた時。ふと、思ったのだ。
────前に、どこかで食べたことがある。と。

(この舌触り…素材の味を生かしたしつこくない甘さ。何処で食べたのかしら?)

懐かしさを感じ、記憶の中から答えを見つけようと目を閉じる。ほっとする。美味しい、幸せの味。

「どうした?由梨菜。口に合わなかっただろうか」
「いいえ。とても美味しくて、頬が落ちてしまうかと思いました」

目を開いた先にある心配そうな表情。あの日よりも近い距離にいるカタクリに、由梨菜は微笑んだ。
赤く色づいた花が綻ぶが如く。
ふぅわりと浮かんだ笑みに誘われるように伸ばしたカタクリの手は、闖入者が立てた大きな音により止められた。

「おにー様ぁ〜〜〜!!」
「フランぺか……」

騒音と輝くような笑顔で入室してきた人物を視認すると、カタクリは緩んでいた眉間の皴を深くした。
フランぺは愛すべき妹達の一人であり、己の素顔に悲鳴を上げ、悪態を吐いてきた女でもある。
店の経営が軌道に乗ってからは手のひらを返すように態度を変え、周囲の人間と同じく"シャーロット家の最高傑作"だと擦り寄ってきた。
最近では兄弟のフアンクラブなるものを作り、年頃の娘達と歓談に耽っているらしい。

「久しぶりに屋敷に戻ってると聞いて、急いで帰ってきたんです!」
「そうか」
「それより見てください!私今日女学校で」
「フランぺ。大事なお客様の前だ」
「すまない。話は後で聞こう」
「──あら?」

ペロスペローの窘める声で、やっと室内に家族以外がいることに気づいたフランぺ。
客人である由梨菜の存在を認識した彼女は。

「初めまして!私…きゃあっ!?」

挨拶しようと歩を進めた際に転び。倒れまいとテーブルクロスを掴んだために、芸術的ともいえる菓子の数々を床にばら撒いてしまった。

「あぁっ!?」
「由梨菜さん!?」

そして、彼女の身に着けていた着物の脹脛から足袋にかけて飲んでいた紅茶が零れてしまっていることに気づいたプリンとブリュレは悲鳴を上げた。淹れた時間と比例して染みの色は濃く、おそらく汚れは落ちないだろう。

「フランぺ!なんてことをっ!」
「ご、ごめんなさい!」
「うちの愚妹が大変な粗相を……。本当に申し訳ない」

急いでフランぺの頭を下げさせる。しかし、由梨菜はそちらへ目を向けていなかった。

「もったいない」
「は、ぁ?」
「せっかくお持成していただいたのに、きちんとお受け取りすることができず申し訳ありません」

絨毯の上に落ちてしまったクリームたっぷりのケーキや、陽の光で透き通るようにきらめいていたゼリーを。
自分の為に作ってもらった菓子達を。彼女は泣きそうな顔で見つめていた。


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