泥濘に花を植える(8)

きつい灸を据える必要があるフランぺに部屋に戻るように言いつけ、すぐ退出させる。
その間、慌てて着物の染みを落とそうとしていたメイド達に囲まれていた由梨菜が、遠慮がちに告げる。

「あの…門限が近いので、私、そろそろお暇いたしますね」
「──もうそんな時間か」

騒ぎの中、刻々と太陽は地平線へと沈んでいたらしい。
彼女が帰る。今日は最高の持成しをと腕を振るったにもかかわらず、満足させることが出来ずに。

「帰りも送らせてもらえないかい?ペロリン」
「えぇっと…迎えを寄こすから電話するようにと祖母が。電話をお借りしても?」
「勿論。彼女を頼む」
「かしこまりました」

メイドに伴われて退出する由梨菜。
扉が閉じ、気配が遠ざかるのを確認したところで私は弟を慰めることにした。

「カタクリ。そんな顔をするな」
「どんな顔だ」
「ブリュレが迷子になった時のような顔をしている」

むっつりと黙り込むカタクリ。
怒っているようにも見えるが、きっと図星だろう。反論してこないからな。

(──しかし、)

「あれには困ったものだ」
「どういうことだ」
「今回も嫉妬さ。お前と親しくなろうとする女性を毛嫌いしている」

過去、自分がその兄に悪態を吐き、家族ではないと言ったこと。そのことでカタクリが酷く傷ついていたことも、すっかり忘れているのだろう。もしかしたら気づいてすらいないのかもしれない。
カタクリのことを妄信的に慕っているフランぺは、自分の都合のいいことしか考えていないのだろう。

「お前に近づく女性皆にあんな態度を取っていれば、誰だろうと気づくさ」
「……彼女は、」
「由梨菜さんか?どうだろうな。それより菓子のほうを気にしていたようだったが」

「せっかくお持成していただいたのに、きちんと受け取ることができず申し訳ありません」

「あぁ。せっかく幸せそうに食べてくれていたのに」

椅子に腰を下ろしたカタクリは俯いてしまった。そのあまりの落ち込み様に、やはりと思う。

「好いた相手には、お前も不器用だな」
「なっ!?ぺロス兄!彼女はその、恩人と言うか…」
「恩人?」

カタクリは店を立ち上げてしばらく、彼の素顔と異人ということで生じた差別感情ゆえに酷い言葉を投げかけられ、毎日のように嫌がらせを受けていた。しかしある日から、表情の沈んでいたカタクリに変化が起きたのを思い出す。

「───なるほど。昔言っていた"最高のお客様"は、彼女のことだったのか」

カタクリは胸の奥に大切に包んでいた思い出を、そっと言葉にした。

「店に来た時、すぐにわかった。家族以外で初めて、俺の手から菓子を食べて美味いと言ってくれた少女だと…」
「なるほどねぇ〜!!」
「ブリュレ…!?」
「だからお兄ちゃん。あんなに嬉しそうだったのね」

はわわと慌てているが。弟よ、此処はブリュレの部屋だし、最初から居たぞ。

「由梨菜さんだったら、私も応援するわ!」
「私もよ!」
「プリン!?」
「作戦会議よ!このままだったらお兄ちゃん、いつまでたっても交際できないわ!」
「こ、交際、だと──!」
「えぇっ!?好きなんでしょう?もっと仲良くなりたいとか、交際したいと思わないの?!」
「どうなの、お兄ちゃん!?」

真意を問われたカタクリは顔をこれ以上ないほど赤くし、無意味に手を動かした後。首を何度も縦に振った。
その姿に黄色い悲鳴を上げる妹達。

「ふふふ…頑張れよカタクリ」
「何言ってるのぺロス兄さん?」
「うん?」
「カタクリお兄ちゃんと一緒に店番してるんだから、協力してよね!」
「では此処に!『カタクリ兄様を幸せにし隊』発足!」

恋愛に対する熱量が高い妹達の様子に、私は置いてけぼりのカタクリと顔を見合わせるのだった。


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