泥濘に花を植える(9)

「もしもしぃ〜?」
「あれ?おじさま?」
「おや。久しぶりだねぇ由梨菜ちゃん。どうしたんだい?」
「えっと、今外出先で、シャーロット邸にいるのですが。帰る時にこの番号に電話しなさい、とおばあちゃんが」
「──なるほどぉ。じゃあ迎えに行くから待ってなさいねぇ〜」
「えっ?あ、はい。すみませんお忙しいのに」
「全然。今日は暇してたから大丈夫だよぉ〜。じゃあまた後で」
「はい」

受話器を下ろして一息つく。
久しぶりに聞いた声に懐かしむ暇も無く、話が進んでしまった。しかし何故おじさまに繋がったのだろう。考え込んでいると、背後からお手伝いさんが声を掛けてくる。

「華菱様?連絡はとれましたか?」
「はい。これから迎えに来てくれるそうです」
「分かりました。それまで──」

ピーンポーン ピーンポーン

「あら、誰かしら?」
「ご来客ですか?長居してしまったようで。すみません」
「いいえ!そんなことはありま」
「久しぶりだねぇ由梨菜ちゃあん。迎えに来たよォ〜」
「え……」

今日の来客予定は女性のみの筈。なのに、今。長身痩躯の男が笑みを浮かべ、足音も立てずに二人を見下ろしていた。

「ボルサリーノおじさま!」
「おぉ〜相変わらず元気そうだねえ」

メイドが叫び声をあげるよりも早く、隣から由梨菜が喜びの声をあげ飛びつく。その高く長い身体をくの字に曲げ、男は由梨菜を抱きとめる。

「お、お迎えの方でしょうか?」
「そうだよぉ。わっしは"異人"だからねェ」

能力使って来ちゃった。不法侵入を軽く言う様子にメイドは愛想笑いするしかない。
常習犯かと内心ツッコミかけたが"異人"を怒らせると一般人の身に危険が及ぶことを、彼女はよく知っていた。

「それで、足は大丈夫かい?」
「へ?足?」
「!?」
「クザンにも声をかけるべきだったかねぇ?」
「大げさですよ。火傷もしてないですし」
「そうかい〜?」

着物の染みに目ざとく気づいた男は、慣れたように足袋を脱がせ白い肌を検分していたが、火傷や熱を帯びた赤みが無いことに納得したようだ。

「会いたいとは思いますけど、皆さんお忙しいでしょう?」
「そりゃあねぇ。でもこの間ガープさんとお茶したんだって?ズルいよぉ〜」
「あはは…」
「誘ったら今度わっしともお茶してくれるかい?」
「いいのですか!?是非!」
「はっはっはっ。サカズキが羨ましがるよぉ……じゃあ、続きは帰りながら話そうか」
「わっ?!」
「命拾いしたねェ」

耳元で囁かれた脅し文句と重たい威圧感に、メイドはお辞儀をした態勢のまま、しばらくその場から動くことができなかった。

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