花いばらと乙女

「お待たせいたしました」

静かな店内に通る声に、由梨菜は顔を上げる。
先程の店員が小さな籠を手に傍らに立っていた。
籠の中を覗く。

「わぁ…!」

きらきらと輝く小さな飴。ふうわりと香ばしい匂いを漂わせる一口大の焼き菓子。
どんな味がするのだろう。彼女は胸をときめかせ、期待と共に文庫本を抱き締めた。

「どうぞご試食を」
「ど、どれから食べよう…」
「こちらの飴はいかがですか?果汁を多く含んでおり、香りも良いです」

店員は飴を一つ摘まみ、差し出した。
彼女の口元に。

「え?」
「……っ!?」

固まる二人。
先に我に返ったのは店員だった。

「す、すまない。幼い兄妹がいるもので、つい…」
「あぁっ!そうだったんですね」

巨躯を縮こませながら謝罪する店員は相変わらず口は見えないが、耳を桃色に色付かせている。
悪戯に人を揶揄う輩ではないらしい。由梨菜は本当のことなのだろうと納得した。

「じゃあ、いただきます」

大きな手に摘ままれた飴を受け取り、口に含む。
鼻腔に感じたのは苺の香り。赤い果実から滲み出たかのごとく濃い甘味に彼女は目を見開いた。

「おいしい!」

小さな飴はすぐに溶けて無くなった。
夢から覚めた後のような心地に、また飴を舐めたくなる。

(これは買いだわ…!)

感動しつつ次は焼き菓子。
ショーケースの中には複数あるが、これはどの商品なのだろうか?

「これはどんな菓子ですか?」
「ドーナツといいます。色々な種類がありますが、これは右奥の商品です」
「へぇ…!いただきます」

指差された場所にある商品には穴が開いており、上には糖蜜がかけられている。
甘い匂いはそのせいだろう。期待してフォークに刺された焼き菓子を頂く。

「うっっまぁ!!!」
「!」

一口大のその見た目に反して、噛めば噛むほど広がる香ばしくも甘い香りと味。
素朴なこの菓子がこんなに美味なら、他にも種類があるそれは、どれほど美味しいだろうのか。

「とっても美味しい!すごい!」
「お気に召したようで何よりです」
「…はっ!?」

店員は静かに言葉を掛けてきたが、私は興奮のあまりに足までバタつかせていた。
恥ずかしい。はしたない姿を見せてしまった。

「す、すみません。美味しかったので、両方購入します!」
「ありがとうございます」

会計を終え、熱を冷ますように手で顔を仰ぐ。
時計を見れば、短針は午後の4時を過ぎていた。

(急がなきゃ!)

「店員さんありがとうございました!」

店の外に出て、自転車の籠に大事に商品を詰めていると店員に引き留められた。
何事かと振り返る。

「本をお忘れです」
「あっ!すみません!」

汚れないように配慮されたのか。小さな袋を渡され、咄嗟に手を伸ばし自転車の持ち手に引っ掛ける。

「また来ますね!」
「はい。お待ちしてます」

小さく手を振ってくれた店員に別れを告げ、由梨菜は大急ぎで祖母の家へと向かった。

prev back next