明鏡に美しの雫を

普段着として着ている着物の上から、洗いたての"えぷろん"を首に掛ける。簡単に纏えるそれに着替えて、由梨菜は従業員の更衣室から足を踏み出した。

彼女は自宅から10分ほどの距離にある、純喫茶店に手伝いに来ていた。
昔から地域に親しまれているこの喫茶店は、穏やかな店長の影響か騒ぎを起こす客はほとんど来ない。
そのため、勤め始めてから一ヶ月と少しが経過していたが、問題なく手伝いが出来ていた。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「3人です」
「では、こちらの席にどうぞ」

ソワソワと落ち着きなく店内を見渡す学生達。
何度か彼女に向けられた視線は、どこか熱を帯びていた。

「残念だったな君達。ここは"そういうところ"ではないんだよ」

新世界や偉大航路のとある界隈では【女性が男性の相手をする】などという破廉恥なカフェーがあるらしい。
それが目当てで来たのだろう。ハッとした表情が答えのようなものだ。
彼等は気まずそうな顔で珈琲を飲み、しかめっ面をしながら足早に店を出ていった。

「若いねぇ」

支払い金額を確認しながら店長が言う。
彼は昔その芯のある態度と言葉で、暴漢まがいの男を追い出した。
絡まれていた未来の奥さんのために。
彼等の馴れ初めをその場で見ていた由梨菜の両親は、それがきっかけで二人と仲良くなったらしく。家族ぐるみの付き合いをしていた。そんな彼からの提案で、今回由梨菜はこの店での手伝いが決まったのだ。

昼過ぎ。
彼女は客足の途絶えた店内で休憩がてら、店長の奥さんに質問してみた。

「レイリーさん…一体どこから聞いたのかしら?」
「ふふふ、さぁ?」
「これはもしや、シャッキーさんも一枚噛んでる感じですか!?」
「どうかしら?」

誤魔化すためか浮かべられた蠱惑的な笑みに、同性である由梨菜もドキリとする。

「あ!おっ、お客様がいらっしゃったので行ってきます!」
「はぁい」

クスクスと笑われながら彼女は話を逸らし、赤くなる頬を押さえながらその場からそそくさと逃げた。

「いらっしゃいませ」
「ど、どうも…」
「何名様ですか?」
「2名です」
「今他のお客様がいないので、お好きな席へどうぞ」
「は、はい」

俯いた顔のまま受け答えする女性とその知人であろうもう一人の女性は、由梨菜の言葉に返事をすると壁際のテーブル席へと座った。

「ご注文が決まりましたら、お手元のベルにてお呼びください」
「はい」

メニューを置いて下がる由梨菜。
通路の曲がり角で振り向くと、案内した客は俯いたままだった。

(具合が悪いのかな?)

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